2009年9月 8日 (火)

双子、9歳になりました!

週末、我が家の双子は9歳になりました。

サーヤは胎内で危険な状態を何度も乗り切り、マーヤは仮死状態で生まれ、二人とも未熟児でNICU(新生児集中治療室)のお世話になり、1800gで生まれたサーヤは心臓の弁が閉じておらず・・・そんなスタートだったので、毎年、誕生日が来るたびに、「よくいき続けてくれたね」と感激しています。神様そしてまわりの皆さまに感謝!です。

最近では未熟児の面影もなく、どんどん成長しているので、「ちゃんと育つかしら」という不安はなくなってきましたが。

9歳になった二人、最近の成長ぶりは・・・

★足のサイズが22.5cmになった

★胸がちょっぴりふくらみはじめた

★髪型や服装にうるさくなった

★お化粧に興味津々

★1人はプチ反抗期

★1人は好きな男の子に告白され、ウキウキモード

身体も心も、最近、グン!と成長しているように感じます。嬉しいような、さびしいような・・・。

土曜日と日曜日、それぞれお友達を招いてのお誕生会を催しました。お誕生会なんだか、お遊び会なんだかわからない状態でしたが、双子は大はしゃぎ。

パパとママからのバースデープレゼントは二人がずっと欲しがっていた自転車。

これまで幼稚園・年中さんの時に買ってやった三輪車みたいなキティーちゃんの自転車で我慢していたので、夏休み中に、大きめのものを買ってやりました。空色の自転車とみかん色の自転車。とても気に入ってくれています。

幸せな9歳を過ごせますように・・・。神様、皆さま、これからも見守ってくださいね。

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2009年4月 1日 (水)

まさかまさかの二卵性発覚!

サーヤの成長で気になることがあったので、先日、遺伝子検査を受けさせました。マーヤも一緒に。

結果・・・思いがけないことが・・・

なんと2人は「二卵性」の双子だったんです。

妊娠初期に「一卵性」とわかる時期があります。その時期に、我が家の双子は判明ができず、「一卵性」か「二卵性」かは闇の中に・・・。生まれてきたら性別も血液型も同じで、大きさこそ違うものの、見た目も似ていたので、「多分、一卵性だろう」と勝手に思い込んでいました。

その後、親は見分けがつきますが、幼稚園時代は卒園するまでお母さん方から「最後まで見分けがつかなかったわぁ」と言われ、小学校に入ってからも教育実習の先生から間違われたりするので、「やっぱり一卵性なのかな」と思ってきました。

一卵性でも二卵性でも、別にどちらでもいいのですが、ずっと思いこんできただけに、正式に「二卵性です」と言われると、正直驚きです。

でも妙に納得する部分もあり。

まぁ、今日はエイプリルフールですから・・・。

本日の記事、冒頭からフィクションです。

結局、我が家の双子が「一卵性」か「二卵性」かは謎のままでございます。

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2009年1月17日 (土)

娘に戻った日

先週は3連休でしたね。

特に予定がなかった我が家。初日は神戸のハーバーランドに映画を観にいきました。子どもたちにぜひ見せたかった「私は貝になりたい」。

小学2年生の双子にはちょっと難しかったのか、私一人がボロボロと泣いてしまいました。

映画の後で晩御飯を食べて家路につきました。自宅に戻ったのは夜9時過ぎ。ふと見ると留守電が入っていました。メッセージを聞いてみると、なんと九州の父からでした。

めったに自分からはかけてこない父だったので、いやな話だったらどうしよう・・・とドキドキしながら実家に電話をかけたところ・・・電話に出た父の第一声は「落ち着いて聞きなさい」

そんなこと言われたら、落ち着けないよー。

「ママが今日、心筋梗塞で緊急手術して、今、入院している」

心筋梗塞?手術?・・・何それ・・・

受話器を持つ手がふるえました。いつかはこんな日が来るかもと、自分なりに覚悟をきめていたつもりなのに、だめですね。体がふるえてくるのです。

高血圧の薬をもらいにかかりつけの病院に父と二人で行ったところ、待合室で急に胸が痛くなり、すぐに大きな病院を手配してもらったそうです。そして手術。

早く手術をしてもらえたのがよかったのか、命に別条はなく、手術自体も30分ほどで終わったそうです。

「もう心配はいらないから。」

と父は言うのですが、今すぐとんでいきたい気分です。

母はしばらく入院することになるとのことで、父自身の生活が不便になるため、東京に住んでいる妹が翌朝からしばらく来てくれることになったそうです。

「お前は仕事もあるし、こなくていいから。」と父。

でも、離れていると落ち着かないので、私も翌朝、飛行機で帰りました。

父と妹と病院へ。母はまだICU(集中治療室)のベッドに寝ていました。目がさめていて、私たちの顔をみて、とても喜んでくれました。ベッドに横たわる母の顔を見たとたん、涙があふれましたよ。

離れていてごめんなさい。いざという時に何もしてやれない娘でごめんなさい。

心からそう思いました。

経過は良好で、3日目には個室に移り、今では歩行器なしで歩けるほどに回復したとのことです。毎日、妹がかいがいしく面倒をみてくれているようです。まーちゃん、ありがとう。(私の妹もまーちゃんなんです。)

NICUに見舞うということで、今回は単身で帰省しました。結婚してから、初めてのことです。いつもは夫や双子、そしてルークとともに帰省しているのに・・・。

気がつくと、父と母、そして妹と私。もう、かれこれ20年以上前にバラバラになった家族がひとところに集まって、ちょっぴり不思議な気持ちがしました。

母はまた数ヶ月後にもう一度手術が必要とのことですが、しっかり治療して、まだまだ長生きしてもらいたいものです。

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2009年1月 5日 (月)

自宅で過ごしたお正月

今頃ですが・・・

新年あけましておめでとうございます
最近、更新がとだえがちな「双子日記」ですが、今年もマイペースながら続けていくつもりなので、どうぞよろしくお願いします。

お正月、皆さんどのように過ごされましたか?

例年でしたら九州の私の実家に帰省する我が家ですが、昨年末は12月30日まで出勤で、帰省するには休みが短く、私が風邪気味だったこともあり、自宅でのんびり過ごすことにしました。

大晦日は年越しソバをいただき、家族そろって紅白歌合戦を観ました。

「12時まで起きてる!」

とはりきっていた双子ですが、11時過ぎにはさすがに眠たくなったようで「もう寝てもい~い?」

ちょっと早めにおじいちゃん・おばあちゃんに電話をし、二人でベッドに入りました。

そして0時・・・新しい年が明けました。

ベランダから海の方を眺めると、なんとユニバーサル・スタジオ・ジャパンの花火が見えたんですよ。すごい規模の花火でした。

神戸港からは「ボーッ」と船の汽笛も聞こえてきました。自宅で迎える新年もいいものだなぁと思いました。

3が日はどう過ごそうかとあれこれ考えていたのですが、元旦の夜からサーヤが高熱を出してしまいました。元旦はパパ方のおばあちゃんのおうちに遊びに行き、いとこのお姉ちゃんたちと大はしゃぎして遊んでいたのですが、晩御飯のとちゅうから具合が悪くなってしまいました。

2日の朝も熱が下がらず、私もいまいち体調がよくなかったので、二人でお留守番をし、パパとマーヤが選手代表で初詣に出かけました。

神戸の住吉大社に詣で、牛さんの土鈴を買ってきてくれましたよ。

3日にはサーヤの熱もさがったのですが、まだ咳がとれず、遠出は無理。・・・といってる間に今日から私は出勤することに。

振り返るとお正月らしい遊びもできず、お正月休みが終わってしまいました。去年は「人生ゲーム」にはまったのにねぇ。

いきなり体調不良からスタートした2009年ですが、家族そろって元気に過ごせますように。

皆さんにとっても幸多き1年となりますことをお祈りいたしております!

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2008年12月23日 (火)

今年の我が家の大ニュース

皆様、ご無沙汰いたしております。

ふと気がつくと、12月はまったく更新していませんでした。公私ともにバタバタしておりまして・・・。このまま「月刊・双子日記」化してしまわないよう、頑張ります。

今年も残すところ、あとわずか。皆さんはどんな1年でしたか?

ちょっと早いですが、我が家の1年をふりかえってみます。

★我が家のニュース2008★

●初めてのお泊り会
双子のお友達が初めてお泊りにきてくれました。N子ちゃんとは2段ベッドの下の段に3人仲良く並んで寝ていました。次に来てくれる時はみんな大きくなっていて無理でしょうね。Mちゃんのおうちにお泊りに行ったことも楽しい思い出のようです。

●サーヤ、男の子に告白される
1年生の終わりごろ、サーヤがクラスの男の子から告白されました。残念ながら、2年生では別々のクラスに。あっというまに消えてしまった淡い恋?

●小学2年生になりました
4月から2年生に進級しました。クラスはまた別々。1年生が入学してきて、ちょっぴりお姉さん気分ではりきっていたようですよ。

●そしてパパはPTA役員に
4月から夫がPTA役員に選ばれました。多い時は週3回ほど登校しています。土曜日に全国や近畿のPTA連合会に出席することも。PTA役員のお仕事っていろいろ大変なんだなぁ・・・と実感した次第。

●バレエを習い始める
双子がずっと憧れていたバレエ。夫が通うフィットネスクラブにもバレエのキッズクラスがあることがわかり、週1回通わせることに。ピンク色のレオタードを着て、いっちょまえに頑張っています。

●じーじと奈良へ
6月のとある週末、私の父が九州から遊びにきてくれました。金曜日は甲子園で阪神×ソフトバンクの交流戦を観戦し、土曜日は奈良に出かけました。双子は初めて見る大仏よりも鹿に夢中に。新幹線を見送った後、マーヤは泣いてしまいました。

●カブトムシがやってきた
7月、マンションのエントランスにカブトムシが落ちていました。拾って帰り、虫カゴを買ってきて、我が家のペットにしましたよ。でも、1か月ほどで死んでしまいました。

●初めてのキャンプ
夏休み、お友達家族(なんと8家族!)とキャンプに行きました。家族そろって行くのは初めて。最初から最後まで子どもたちはおおはしゃぎ。

●サーヤ、自転車に乗れるようになりました
マーヤに続いて、今年はサーヤも自転車に乗れるようになりました。とても自信がついたようです。

●33名のバースデーパーティー開催!
9月、双子のバースデーパーティーを開催しました。小学校のお友達家族をおよびして、なんと我が家に16名の子どもたちと17名の大人が大集合。とても楽しい1日でした。最後にとった集合写真の最前列で一番うれしそうな顔をしていたのは長男・ルークでした。

●双子だけでお出かけ
初めて二人だけでバスと電車に乗り、ピアノのレッスンに出かけました。レッスン後、二人だけでドーナツ屋さんに入り、お昼ごはんまで食べてきました。二人にとっては大冒険だったようですよ。

●双子だけでカレーを作る
これまでもカレー作りを手伝わせていましたが、二人だけで最初から最後まで作らせてみることに。がぜん、自信がついたようですよ。

●ホットケーキも作れるように
ホットプレートで作るので、留守番の時に自分たちでお昼ごはんにホットケーキを作って食べてくれるようになりました。まだ火を使わせるのは心配ですが、ホットプレートなら安心。粉も卵も牛乳も自分たちで計量して作ります。お昼にかかる留守番も安心です。

●静岡にお墓参りに
パパ方のおじいちゃんとひいおじいちゃん・ひいおばあちゃんが眠る静岡のお墓にお参りに行きました。遠方のため、なかなかお参りにいけなかったのですが、やっと双子の顔を見せてあげることができました。

●ハロウィンパーティーで仮装しました
お友達のおうちのハロウィンパーティーに家族そろって招かれました。全員仮装してのパーティー。双子も小さな魔女に変身。

●双子のごっちゃんたちと初対面
ブログを通して知り合った、双子のごっちゃんたちのおうちに遊びに行きました。我が家の双子と4才違いのごっちゃんたちは小さくて、とってもプリティーでした。念願の対面ができて、私も大満足!

●家族そろってTV出演
テレビ東京の「日曜ビッグバラエティ」で「パパが子育て、ママがサラリーマン家族」ということで紹介されました。放映時間は15分ほどでしたが、撮影に要した日にちはのべ5日間ほど。テレビ制作って大変なんだなぁと実感。双子のお友達のご家族にもいろいろとご協力いただきました。皆さん、ありがとうございました。

●初めてのボウリング
家族そろって、初めてのボウリングを楽しみました。双子はまったく初めて。私と夫も超・久しぶり。予想以上に面白く、実は年末も忘年会と合わせてボウリング大会をする予定です。

今年も初めての体験、楽しいことがいっぱいありました。来年も子どもたちの成長が楽しみ♪いい年でありますように。

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2008年10月22日 (水)

子どもに言わない3つの言葉

子どもが生まれてから、子どもに言うまいと決めている言葉が3つあります。

一つは「学校や勉強は大変」ということ。

マンガ『ドラえもん』の中でのびたが「あ~、学校に行くのいやだなぁ」「宿題なんかない国に行きたいよ」とつぶやくたびに、「子どもの前で言わないで~」とヒヤヒヤしたものです。

実際に小学校に入学したら、子ども自身が実感することなのでしょうけど、入学前から「学校は大変」「勉強するのはつらいこと」という意識をうえつけるべきではないと思うのです。

小学校に入学するまで、私は子どもたちにことあるごとに「もうすぐ小学校だね。よかったねー。学校は楽しいよ。勉強はとっても面白いよ。とってもとっても楽しみだね」と語りかけてきました。

「小学校に入学したら、早起きをしなくちゃいけないんだから、今から練習しておきなさい」とか「小学生になったら幼稚園生みたいに遊んでばっかりじゃないんだから、今のうちに遊んでおきなさい」とは絶対に言わないようにしていました。そんなことを言ってしまったら、小学校に入学することに夢も希望ももてなくなるじゃないですか。

小学生になって、子ども自身がどう感じるかは別ですが、少なくとも親が先入観を植え付けるべきではないと思っています。

今、双子は小学2年生ですが、最近は「小学3年生になったら、算数も国語ももっと面白いことを教えてもらうよ」「中学生になったら、部活とか楽しいことがどんどん増えるよ」と語りかけています。

双子自身は苦手な勉強もあるようですが、毎日はりきって登校しています。長い休みが終わる時はやっぱり未練がましいようですけどね。

子どもに言わない言葉、二つめは「仕事は大変」ということ。

学校を卒業すれば、いずれ子どもたちもそれぞれ仕事につくことになります。(ついてくれよ(^-^;))学校の時と同様に、仕事をすることが大変だという先入観をうえつけないよう気をつけています。

たとえば、仕事から帰ってきたら「あ~、今日も疲れたぁ」と思わず言ってしまいそうになりますよね。私、子どもが起きている時は言わないようにしています。子どもたちが寝静まって、夫しか起きていない時は思いっきり言いますけどね。

夫に双子育児をまかせて、フルタイムで働く私に子どもたちが時々こうたずねることがあります。

「ママ、お仕事楽しい?」

この問いにどう答えるか、正直悩みます。だって「楽しい」と言ってしまえば、「ママは自分の楽しみのために私たちを置いて行くんだ」と子どもが思うかも知れない。幼稚園に入園したとたん、うちの家庭は普通と違う!とカルチャーショックをうけていたようですから、その頃は特に悩みました。

でも、「仕事は楽しくないけど、ママは我慢してお仕事してるんだよ」とか「本当はさーちゃん・まーちゃんと一緒にいたいけど、仕方なくお仕事に行くんだよ」などと目先の子ども可愛さに言ってしまえば、「仕事って楽しくないものなんだ」「我慢してするものなんだ」という意識を子どもたちに植え付けてしまいますよね。

なので私は「うん、お仕事するのは楽しいよ。」とニッコリ笑って答えるようにしています。今の私の葛藤は、双子が人の親になった時、きっとわかってくれると信じて。

おかげでサーヤは「将来、サラリーマンになりたい」と公言しています。サラリーマンって、コーヒーを飲みながら仕事して、ご飯もお友達と楽しく食べて、楽ちんな毎日だと思っているのかも知れません。まぁ、いいか。

子どもに言わない言葉の三つ目は「大人は大変」ということ。

子どもから「大人はいいな。自分の好きな服を選んで着ることができるし、遅くまでテレビを観たり、お菓子を食べたりできるもん」などと言われることありませんか?

そんな時つい「大人だって大変なんだよ。子どもの方が遊ぶ時間も多いし、親がなんでもしてくれるし、子どもでいる時間を大切にしておかないと、後で後悔するよ」などと言ってしまいそうになります。

でもね、私はそんな言葉を飲み込むようにしています。

いずれ子どもはみな大人になるものです。そして子どもの時代はあっという間。人生、大人である時間の方が圧倒的に長いのです。誰もが避けられないこと。

そんな子どもたちに「子ども時代の方がよくて、大人になるのはつらいこと」という気持ちを植え付けるのはどうかなぁと思うのです。

それでこう答えるようにしています。

「そうだね、大人はいいよ。大人になったら、楽しいことがいっぱい待ってるよ。さーちゃん・まーちゃんもご飯いっぱい食べて、大人になるのが楽しみだね」

のれんに腕押し・・・?そんな風に答えると、子どもたちはもう議論をしかけてきません。

もちろん人生はいろいろなことがあります。楽しいこともあれば、つらいこともある。でもね、大人の苦労は親が言葉にして言わなくても、いつかきっと子どもたちにわかってもらえると思います。

その日まで、私は元気な大人でいたいと思っています。

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2008年10月 7日 (火)

羊水検査

今から8年以上前のことですが、双子妊娠中に羊水検査をすすめられました。

私が妊娠したのは36歳の時、その年齢ゆえ検査がすすめられたのだと思います。

羊水検査は子宮に長い針をさして羊水を吸引し、胎児の染色体や遺伝子異常の有無を調べる検査です。

単胎妊娠の場合でも羊水検査の副作用で流産をひきおこす確率が1/200から1/300と言われているうえ、多胎妊娠の場合はさらに問題がありました。

羊水を取り出すために子宮に針を刺す際に、胎児を傷つけないよう超音波で胎児の様子を見ながらやるのですが、一人の胎児のかげに隠れていたもう一人を傷つけてしまう可能性も高いとのこと。流産の確率はさらに高くなるとのこと。それに万が一、胎児の一人に異常が見受けられた場合、その一人だけ中絶するわけにはいきません。もう一人も一緒に堕胎しなければならないのです。

そんな説明をお医者さんから聞いて、私たち夫婦は悩みました。羊水検査を受けるか受けないかは最終的には親となる私たちが決めることです。

夫はあれこれ情報を集め、ある晩、二人でとことん話し合いました。

検査を受けずに障がいがある子が生まれるリスクと検査によって子どもを失ってしまうリスク・・・

その時、私が強烈に感じたのは「この子たちを殺させたくない」・・・そんな気持ちでした。今、おなかの中にいるまだ見たことがないわが子、どんなことがあっても守りたい・・・理屈ではなく、本能的にそう思いました。

夫は私より冷静に考えていたようですが、話し合っているうちに、障がいがある子が生まれることはリスクなのか、いや僕たちにとってはそうではない、と考えるようになり、もしそうなったら、その子には「天使」と名付けて親としてできることを精一杯やっていこう、と言ってくれました。

二人とも強い意志をもって、検査を受けないことを医師に伝えました。

多胎という状況、高齢な出産という状況、そして35週での出産という状況で、私たちは死産も含めてあらゆることを覚悟しました。

結果、生まれてきた子供は1800gと2300gの小さな赤ん坊で、胎内で成長がとまってしまった1800gのサーヤの方は心臓に若干異常がありましたが、二人ともスローペースで成長し、今では元気で小学校に通っています。

小学校の担任の先生との個別面談の際に「ご両親から何か気になる点などありませんか?」と問われた際、「普通に成長して、普通に学校に通っているだけで御の字なので、それ以上は何もございません」と本気で答えてしまいました。先生はもうちょっと教育熱心になってもいいんじゃないの?と思われたことでしょうね。

実際に障がいがある子の親になっても、妊娠中に決めた覚悟のように過ごせたかどうかはわかりません。きっとそんな生易しいものではないと思っています。

けれども、ひとつだけ認識したのは、流産のつらさです。それまで妊娠初期に流産してしまったという話を聞いても、子供をなくしてしまった親御さんの話より正直軽く受け止めていました。また妊娠の機会があって、その時無事に生まれればいいな、と思うぐらいで。

検査によって流産となるかも知れないと聞いた時は、生まれた子供を失ってしまうおそれと同じぐらい脅え、考えただけで胸がつまり涙があふれ出ました。おなかの子は私にとって、生まれてきた子どもと同じ重さをもっていたのです。男性にはきっとわからない感覚だと思います。

流産で生まれてくるはずの赤ちゃんをなくしてしまった女性には、お子さんをなくしてしまったお母さんと同じように接してあげてください。本人にとって流産はとても重過ぎるできごとなのです。

結果として流産しなかった私がこんなことを書くのは筋違いかも知れませんが、「ワーキングマザースタイルに」村山らむねさんが書かれた記事を読んで書かずにいられませんでした。

(追伸)この記事は羊水検査や羊水検査を受ける方を非難するものではありません。状況によっては必要な検査だと思います。誤解を生む表現がありましたらお許しください。

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2008年10月 6日 (月)

『だんだん』みてます

NHKの朝ドラ『だんだん』みてますか?私はこれまで出勤時間の都合上、「8:15からはみれないわぁ」とあきらめていたのですが、BSだと7:45から放映していることに気づき、先週金曜日から見始めました。

同じく朝ドラ『ふたりっこ』で有名になったあの双子ちゃん「マナ・カナちゃん」が主役のドラマ。双子で生まれた二人が一人は松江でもう一人は京都と別れて成長し、18歳の誕生日に偶然の出会いをする、というお話です。

いつもコメントをくださるふりっぱーさんから教えていただき、エンディングに注目。双子ちゃんの写真が紹介されるんですよ。今朝はふりっぱーさんちの双子ちゃんが登場!とか。楽しみです。

このドラマ『だんだん』のように、小さい頃に離されて別々の環境で育つ双子ちゃんっているんでしょうね。いろんな事情で。一生自分が双子だということを知らないままの双子ちゃんもいることでしょう。我が家の双子は一緒に暮らせてよかったなぁと思っています。

久しぶりのマナ・カナちゃんの双子ドラマ、これからの展開が楽しみです。

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2008年9月14日 (日)

双子のパンダが生まれた日

長いこと更新をさぼっていてごめんなさい。私もパソコンも夏バテなのか、調子が悪くて・・・。パソコンの方はまだ治らないので、夫のパソコンを借りて書いてます。

昨日(13日)、和歌山県白浜のアドベンチャーワールドでジャイアントパンダの良浜(らうひん)が双子の赤ちゃんを産んだというニュース、ご覧になられました?日本で生まれたパンダの初めての出産だそうですね。

先日の神戸・王子動物園のパンダの赤ちゃんは可哀そうなことになりましたが、今度は元気に大きく育ってほしいものです。

覚えていらっしゃいますか?このたび双子の赤ちゃんを産んだ良浜自身も双子だったんですよ。生まれたのは2000年9月6日、今年で8歳です。

なぜそんな細かいことを覚えているかというと、良浜が生まれた同じ日に我が家の双子も生まれたからなんです。無事出産を終えた次の日、「うちの双子と同じ日に和歌山のアドベンチャーワールドでパンダの双子の赤ちゃんが生まれたよ」と夫が教えてくれました。

ご報告が遅くなりましたが、1週間前、サーヤとマーヤは8歳になりました。パンダの良浜とは違って、結婚も出産もまだまだ先のことですが、未熟児だったおもかげもないほどスクスクと大きくなりました。神様にひたすら感謝です。

今年は誕生日の翌日に学校のお友達を招いて誕生会を開きました。きてくれたお友達は10名!ご家族そろってきてくださった方がほとんどで、兄弟含めて子どもが16名、お父さん・お母さん含めて大人が17名の大パーティーになりました。

大して広い家でもないのですが、特注した特大ケーキを食べたあと、子どもたちは近所の公園に、お父さんたちは屋上ビアガーデンで盛り上がっていただき(我が家専用の屋上があるんです)、お母さんたちはリビングでゆっくりお茶できました。

お友達といっぱい遊べて、プレゼントもたくさんいただき、サーヤもマーヤも大満足・・・というか大興奮!

親の私は何よりお友達がたくさん集まってくれたことが嬉しくて、これまた大満足の1日でした。

まだまだ二人の人生これからだけど、元気でお友達と仲良く、楽しい人生を送ってほしいと願っています。

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2008年4月 1日 (火)

哀しい春のはじまり

20080401この春の異動で、東京に転勤になりました。

辞令が出て、悩んだのはもちろん家族のこと。

以前は、転勤になっても家族全員で引っ越したいと考えていたのですが、最近、義母の具合がよくなくて、夫は関西を離れることができません。

子供と夫を残して、私が単身赴任するか、子供を東京に連れていき、ワーキングマザーするか・・・かなり悩みました。

夫も私も子供なしでは生きていけない。

夫婦で話し合った結果、双子を一人ずつ育てることに決めました。

明日から赴任なのですが、東京にはマーヤを連れていきます。身体が弱いサーヤはルークとともに夫にみてもらうことに。

哀しい春のはじまりです。この「双子日記」も「半分双子日記」になりそうです。

双子がひきはなされて、うまく行くのか、不安でいっぱいです。サーヤはマーヤを想って、マーヤはサーヤを想って泣かないかしら。一人ずつちゃんと学校に行けるかしら。






そんなことになったら大変でしょうね。

今日は4月1日なので、こんなことを書いてみましたが、すべて作り話ですから。

双子を引き離すことなんてできません。「絶対にいや!」と言うでしょうね、二人とも。親と引き離されるより辛いことだと二人をみていると思います。

万が一、私が東京転勤となったら、きっと「単身赴任」になるんだろうなぁ。それもつらいなぁ。

家族が一緒に暮らすことができる「今」、つくづくありがたいことだと思う春のはじまり。皆さんも悲喜こもごものスタートかも知れませんが、新年度も頑張りましょうね。

【Photo】私たち絶対に離れないからねー(3歳の頃のサーヤとマーヤ)

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2008年3月17日 (月)

内緒のおかず

双子が幼稚園時代から、料理の腕に自信がない私はお弁当を作る時、「キャラ弁」にしてみたり、双子がご飯よりも大好きなフルーツを持たせたり、と味とは別の部分で勝負しています。

最近あみだした技(?)は「内緒のおかず」です。

ヒントを得たのは私の中学生時代のある日、母が作ってくれたお弁当のおかずに、スナック菓子の「おっとっと」が2、3個入っていたこと。

中学・高校の6年間、毎日母がお弁当を作ってくれていました。今、母という立場に自分がなってみると、「毎日」というのはすごいことだと思います。当時は当たり前のように思っていた私でしたけど。毎日のお弁当作りともなると、メニューにも困ったことでしょうね。「あと一品足りない」日もあったのでしょう。そんなある日、たまたま「おっとっと」が目についたのか、最初からうけねらいでやったのかわかりませんが、お弁当のふたを開けた時はビックリ!でしたよ。

多分、母本人はもう忘れているかも知れません。でも、私は今でも覚えているぐらい鮮烈な印象でした。おっとっと事件。

お弁当に意外なものが入っていると嬉しいですよね。そこで、このあいだは双子のお弁当に、小さな茶色のおまんじゅうをラップで包んで、こっそり入れてやりました。

小学1年生の双子ですから、友達に言いふらしてもいけないと思い、朝、双子をよんでこっそり言いました。

「いい?内緒の話があるの。今日のお弁当に入っているこれ・・・これはおまんじゅうじゃないからね。おまんじゅうみたいだけど、ハンバーグなんだよ。お友達に見つかったら、『これ、ハンバーグなの』って言うんだよ」

双子はすぐに事情がわかったようで、にんまりしています。こっそりいたずらする時のような気分だったことでしょう。

翌日、双子にお友達にばれなかったか聞いてみました。

「あのね、お隣の○○君にだけ、『これはねハンバーグなの』って教えてあげたんだよ」とマーヤ。

「サーヤもお隣の△△ちゃんにだけ、『これおまんじゅうじゃないよ、ハンバーグだよ』って言ったの」とサーヤ。

半分ばらしてるやん。まぁ、予定通りですけど。

子供って『内緒』や『秘密』が好きなんですよね。そして、それを誰かと共有するのも大好き。

私と双子の『内緒のおかず』。皆さん、聞かなかったことにしてくださいね。

春からお弁当作りにチャレンジなさるお母さんたち、メニューに困ったら、『内緒のおかず』を考えてみてくださいね。お弁当作りは遊び心をもってハッピーに頑張って♪

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2008年3月 6日 (木)

インフルエンザでつらかったこと

1週間以上のご無沙汰です。実は先週、インフルエンザにかかってしまい、寝込んでおりました。やっと昨日から会社にも出社しはじめ、なんとか通常復帰できました。

予防注射も受けていたんですけど、かかるものなんですねー。予防注射のおかげか、39度とかの高熱は出ませんでしたが、何しろ身体中が痛い!寝ていても思わずウンウンうなってしまうような痛さでした。皆さんもお気をつけてください。

思いがけなく何日も会社を休むことになり、双子が学校から帰ってくるとママがいる、という状態になれたのですが、双子にインフルエンザをうつしては大変なので、抱っこすることも、近寄ることもままなりません。3mぐらい離れて「バーチャル抱っこ〜」と言いながら、子供と私がお互い自分自身をムギューと抱きしめあったりしてました。

近くにいても、子供たちと触れあえないというのはつらいものですね。

寝たきりだった数日間、私の心をなぐさめてくれたのは子供たちが練習するピアノの音色でした。ちょうど寝室の壁の向こうにピアノを置いているので、聞こえてくるのです。

ピアノといえばそうそう、最近、二人ともよく練習するようになったんですよ。ピアノに関する二人の変化をまた後日お知らせいたします。

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2008年2月13日 (水)

心のこり

テレビ番組などで、出産の瞬間をうつしだすことがありますよね。そんな映像を見ると、いつも、とてもとてもうらやましくなります。

私には出産直後の記憶がありません。帝王切開だったのですが、局部麻酔がきかず、全身麻酔に切り替えられたのです。

私の意識が戻ったのは手術から何時間もたった後のこと。しかも双子を取り出した後に子宮内膜症の手術まで行われたため、大出血をおこしてしまい、二日ほど意識がもどったりなくなったりの繰り返しでした。

手術が行われたのは水曜日、私がNICU(新生児集中治療室)に入っている双子にガラスごしに対面したのは土曜日になってからでした。しかも車椅子で。

わが子を初めて胸に抱いたのは日曜日。それはもう感激の一瞬でしたよ。

テレビ番組で、生まれたばかりの赤ちゃんを抱くお母さんの表情を見ても、胸が熱くなってしまいます。その一方で、私も体験したかったなぁとうらやましく思うことも。

生まれてすぐの赤ちゃんをこの手で抱いてみたかった。それだけが私の心残りです。

でも、たとえ数日遅れでも、この手でわが子を抱くことができ、今、こうして二人ともスクスクと育っているのですから、贅沢な思いですね。

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2007年12月18日 (火)

サンタクロースっているんでしょうか?

子供たちが大きくなるにつれて、「おともだちが本当はサンタさんっていないって言ってた」などと言うようになってきます。「本当はお父さんとお母さんがプレゼントを買ってるんだよって言ってたよ」とも言ってきます。

それでもまだ、サンタさんが本当にいるのかどうか議論になっているのが微笑ましいですけど。

かくいう私はサンタクロースは絶対にいる!と信じている1人です。

以前、「ワーキングマザースタイル」にも書きましたので、ちょっと引用しますね。

私が信じているサンタクロースはやっぱり雪深い北の国に住んでいて、ふとっちょで白ひげをたくわえた風貌のおじいさんです。でもそのおじいさんは魔法使いで、クリスマスの時期になると、子供たちが幸せな気分になるように私たち大人に魔法をかけるのです。魔法をかけられた大人たちは、ある時期がやってくると「今年は子供たちにどんなプレゼントをあげようか」「クリスマスにはどんな御馳走を作ってあげようかな」「クリスマスイブぐらいは仕事を早めに切り上げて子供たちと一緒に過ごしてあげよう」などと心を砕くようになるのです。

サンタクロースの魔法は素晴らしく、子供たちだけでなく、兄弟や恋人や友達にまでプレゼントをあげたくなるほどの影響力をもっています。

魔法にかかった大人たちは、ある時期になるとクリスマスソングを耳にするとワクワクし、部屋をクリスマス色に飾り付けようとします。デパートなどのスタッフたちもみんな魔法にかかっているものですから、「サンタの格好をして子供たちを喜ばせよう」などと考えます。こうして街はあっという間にクリスマス色に彩られるのです。

さらに世界平和のことまで気になりだして、「うちの子はプレゼントをもらえて幸せだけど、プレゼントどころか日々の暮らしにも困っている子供たちのために何かしてあげたい」と思い立ち、 ユニセフ でクリスマスカードを購入したりしてしまいます。恐るべしサンタクロースの魔法の威力。

サンタクロースの魔法がおよぶところは宗教も国境もこえてものすごく広い範囲になっているようです。日本では魔法にかかる時期が年々早くなっているような気もします。みんなの心のトゲトゲをサンタクロースが嘆き悲しんで魔法をかける時期を早めているのかも知れません。

こうして親はみな子供たちが幸せな気分になれるような演出をあれこれ試み、親だけでなく「恋人がサンタクロース」になったりもして、みんな平和で楽しい胸ときめくシーズンを過ごすのです。

今でも、サンタクロースを信じる気持ちは変わりません。魔法にかかっている私が言うのですから、間違いないですよ(^^)

こんな素敵な本もあります。

「サンタクロースって本当はいないよね」とお子さんに言われたら、読んでやってください。

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2007年9月13日 (木)

小学1年生の家庭学習

サーヤが「変な顔」と言ったからかどうかわかりませんが、安倍総理、辞任表明なさいましたね。もうビックリです。

さて、昨日、3996さんから興味深いコメントをいただきました。

komaruさんにちょっと相談です。
学校の宿題ではちょっと物足りなく感じている今日この頃。
+αで、何かオススメはありませんか?
なるべくお金を掛けたくない!というのも正直なところ、あります。今、色々調べているところなんですよ。

勝手に引用してごめんなさい。>3996さん

でも、いろいろ考えてみたので、この場で回答させてくださいね。

まず、私自身は小学校低学年のうちは学校の勉強と宿題をちゃんとやれば十分と考えています。

それでも、薄くなっている教科書、少ない宿題・・・という状況で、不安に思われる親御さんも多いのでしょうね。

帰宅後、あっというまに宿題が終わってしまうお子さんのために、komaru流家庭学習を考えてみました。

■図書館に通わせる
子供たちだけで図書館に通わせ、絵本や図鑑を含めて好きな本を読ませてはいかがでしょう。自分で選んで借りてきた本を、寝る前に「読書タイム」を設けて、音読または黙読させるという習慣をつけるのも素敵だと思います。

■お手伝いタイムを設ける
夕食の手伝い、後かたづけ、掃除、洗濯物をたたむ・・・どれか1つ役割を決めて毎日させるというのはいいことかも。お手伝い表を作って、毎日シールを貼るのも楽しいですね。

■お絵かきタイムを設ける
幼稚園時代と違って、絵を描く時間がぐーんと減っていると思います。テーマを決めず、自由に絵を描く時間を設けてはいかがでしょう。今日は色鉛筆で、今日は水彩絵の具で、今日は折り紙のコラージュで、今日は紙コップに絵を描こう・・・と、手段を変えるとお子さんもあきないかも。

■市販のドリルを活用する
「komaruさん、違うのよ、勉強をさせたいの」・・・と思われたなら、市販のドリルを活用する手もありますよ。ちょっと大きめの本屋さんやトイザらスなどのおもちゃ屋さんに行くと、小学生用のドリル類がいっぱい販売されています。できたねシールがついていたり、いろいろと工夫されているので、子供たちは結構喜んで取り組んでくれると思います。

■算数ドリル、国語ドリルを手作りする
小学校低学年のうちは、市販のドリルを参考に親御さんが簡単に手作りできます。うちも夏休みに車のトラブルで九州の実家に10日間とめおきされた際、夫が双子それぞれにプリントを作って、やらせていました。

■双子にプリントを作らせる
うちの双子が通う小学校では、他のクラスのお友達が作った算数の問題をプリントにまとめ、宿題としてとかせていました。面白い試みですよね。問題を解くだけでなく、自分で問題を作る。幸い、双子ちゃんだとお互い問題を作って交換し、それぞれ解くことができますね。採点までそれぞれでやるのも先生気分で楽しいかも。

3996さん、回答になってますでしょうか?

でも、1年生のうちは、近所の公園などで身体をいっぱいつかってうーんと遊ぶことも大切だと思います。家庭学習が親子のコミュニケーションになるなら、それも楽しいですね。

皆さんはどうなさっていますか?皆さんからのアイデアも大募集!

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2007年9月 6日 (木)

夢からさめて

シュタイナー教育に興味をもった時期があり、いろんな本を読みました。

そんな時、松井るりこさんの「七歳までは夢の中」という本に出会い、ハッとしました。

子供って、赤ちゃん時代から大人になるまで、いろんな段階があるんですよね。そして、それぞれの発達段階に応じた教育が必要なんです。

『幼児期』と位置づけられる七歳までの時期をシュタイナーは「子どもがこの世に誕生してから、最初の七年は、その後の何十年よりも、重要な意味をもって、その後を決定していきます」といいます。

七歳までは夢の中・・・その後の『児童期』『青年期』とは違う発達を十分に促しながら、大人がいろんなことを導いていかなければなりません。

私は私なりに、子供たちの成長段階を次のように考えています。

七歳までは『はぐくみ期』

親は十二分に子供たちを抱きしめながら、手取り足取りさまざまなことを教え、体験させ、心と体の発達を促していきたいと思っています。

小学校時代は『すだちの時期』

学校生活などを通じて、子供たちは少しずつ、親から見えない世界にとびこんでいきます。親はとまどいながらも、少しずつ手を離していかなければならないでしょう。

親は巣立ちの方法を教えてやらなければなりません。吹く風の方角や強さも教えてやらなければならないでしょう。子供たちは勇気をもって巣立っていこうとします。でもまだその羽はやわらかく、すぐに巣にもどってきて「抱っこ」というかも知れません。そんな時はしっかりうけとめてやりたい。でも、また巣立っていく背中を押してやらないといけません。

中学校・高校時代は『はばたきの時期』

子供たちは親の知らない世界ではばたき始めます。恋愛関係・友人関係・スポーツの世界・趣味の世界・・・さまざまな世界で胸を躍らせ、時に傷つき、悩み、成長していくことでしょう。

親は地上から、子供たちの姿を見守り、羽を休めに地上に戻ってきた時には、やっぱり抱きしめてやりたい。

・・・なーんて、今は思っていますけど、本当にできるかな。

今日、サーヤとマーヤは七歳になりました。

夢からさめて、すだちの時期へ。

妊娠中はトラブル続きで、無事に生まれてこないかもと思っていました。

生まれた時は未熟児で、心臓にトラブルも抱え、なんとか小学校まで生きて欲しいと思っていました。

そんな2人がもう七歳。すごいことです。

神様に感謝!まわりの方々に感謝!そして皆さんに感謝!

これからも2人の成長を見守ってくださいね。

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2007年8月22日 (水)

母は出稼ぎに

1週間更新をさぼっていてごめんなさい。実は木曜日から休みを取って、九州の実家に帰省していました。ルークも連れて自家用車で。

月曜日には戻ってくる予定だったのですが、高速にのったとたん車が故障。猛暑のせいでしょうか?

レッカー車をよび、待つこと2時間。再び両親が住む町に戻り、車はディーラーに預けました。

涙の別れをしたジージ・バーバに電話をして迎えにきてもらうことに。

私は仕事があるので、もう1泊だけして火曜日の朝、飛行機で単身戻ってまいりました。

いつもパパに育てられている双子は「ママがいなくても大丈夫」とあっさり言うかと思いきや、「ママと離れるのはいやだー」と予想外の号泣。胸が痛みました。

夜寝る時も再び号泣しだしたので、久しぶりに添い寝してやることにしました。

昨日は空港から直接出社し、夜遅くにやっと自宅に戻りました。

だあれもいない家に帰るのはいやなものでしたよ。

ほんの10年前まで、ずっと一人暮らししていたのに、もう戻れません。

夜、会社から電話してみると8時だというのにもう二人とも寝ていました。母いわく「よく遊んでいたわよー」。

金曜日の夜には飛行機か新幹線で迎えに行く予定です。車が直っていますように。

さあちゃん、まあちゃん、元気で仲良く遊んで待っててね。

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2007年7月30日 (月)

双子の反応・夫の捜索

黒猫・風太が帰ってこないまま、新しい週となりました。

土曜日の朝、「風太、かえってこないね」と誰からともなく言い出しました。

私がその一言に落ち込んでいると、サーヤがこう言いました。

「風太は大人になったから、みんなのところに帰っていったんだってパパが言ってたよ。サーヤたちのおうちで赤ちゃんの頃から大きくなって、もう立派な大人になったから出て行ったんだって。猫だからそれでいいんだよ。」

わかっているよ、わかっているの、でもね、ママはそれでもつらいの・・・

私が思わず涙を流すと、サーヤから叱られました。

「ママ、風太が心配するよ!」

マーヤは風太がいつも遊んでいたお気に入りのスーパーボールを手のひらにのせて、じっと見ながらつぶやきました。

「風太、いつもこのボールで遊んでいたね」

もう私、号泣です。

「ママね、風太が出て行くんなら、このボールをもたせてやりたかった・・・」

マーヤも一緒に泣いています。

サーヤとマーヤの反応は、それぞれ違うようにみえるけど、どちらも私の心の中の気持ちです。

出て行ってよかったんだ、という気持ちと、それでもつらい、という気持ち・・・。

土曜日から日曜日にかけての真夜中、私が寝ているとインターホンのチャイムがなりました。あわててインターホンに出てみると、夫がインターホンごしに小さい声で「風太、見つけた。おりておいで」

風太のベッドにしいていたバスタオルを持って、あわてておりていきました。

夫は夜中になったら猫たちが行動するだろうと、近くを探していたそうです。そして見つけた・・・。

「この道をずっと追っかけたんや。俺のことはこわがってるけど、お前やったら帰ってくるかも知れない。あの家の前で寝てるから、そっと近づいてみて」

夫が指さしたのは、うちのマンションから100mほど離れたところです。

ある家の前で黒いかたまりがうずくまっていました。そっとそっと近づきます。

途中、他の茶色い猫が私に声をかけてきます。「ミャァ(その子に用でもあるの?)」とでも言っているのでしょうか。

近づくと、黒い猫が起きあがりました。じっと私を見ています。

おどかさないように、そっとそっと近づきました。

「風太・・・ふーちゃん・・・おうちに帰ろう」

猫は家の門の中にかくれました。このうちで飼ってもらっているのかしらん。

「ふーちゃん、帰ろう、ママのおうちに帰ろう」

小声で静かに話しかけます。

猫は塀のところにとびのりました。手が届く距離になりました。

「風太、ママのおうちに帰ろう、おうちに帰ってねんねこしよう」

近づいてみると、風太の顔が横に丸くなっています。新しいおうちでいっぱいご飯を食べさせてもらったのかな。よく見ると、首輪も新しいものに変わっています。鈴も丸い普通の鈴がついています。風太の顔もちょっと変わったみたい。

そーっと手をのばして、脇の下をつかみました。

抱き寄せようとすると、ギャッと私の右腕をひっかいて逃げていってしまいました。

風太が私から逃げた・・・。

「違う猫やったな。ごめん・・・」

離れてみていた夫が言いました。

違う猫だったんだ。私、風太だと思いこんでいたから、目がくもってしまってた。

夫と家に戻ると、もう夜が明けるところでした。

1人でワアワア泣きました。

今朝もやっぱり涙が出ます。

今日も変な日記になってしまいました。ごめんなさい。

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2007年6月25日 (月)

引き取り訓練で思うこと

先週金曜日、小学校の引き取り訓練がありました。我が家はいつもながら夫が登板。

名前を書いて、押印した「児童引き取りカード」を持参し、そのカードと引替えに子供を引き取ります。

引き取り訓練って、てっきり地震などの自然災害を想定して、非常時に親が学校まで子供を引き取りに行くという訓練なのかと思っていたのですが、凶悪事件が学校内で発生したことを想定した訓練でした。

きっと池田小学校の事件以降、始まったのでしょうね。あらためて胸が痛みます。

訓練の日は上靴を持って帰る日だったのに、二人とも忘れて帰りました。

「だって、サーヤを保健室にお迎えに行ったら、忘れちゃったんだもん」とマーヤの弁。

なぜ保健室なんだ???

「さーちゃん、また鼻血がでたの?」とサーヤにたずねると、

「ううん、サーヤね、息が苦しくなったの」とサーヤ。

「悪い人が学校に来たって先生が言って、サイレンがなって、みんながさわぐから、とってもこわくなって、胸がドキドキして、息ができなくなってきたの。それで先生に『息が苦しいです』って言ったら保健室につれていってくれたの」

大人は訓練だと割り切れますが、小さい子供にとっては、場合によってはパニックを引き起こすんですね。こわいものです。サーヤの細い肩をキュッと抱きしめて、そう思いました。

あとで夫に聞いてみると夫いわく「過呼吸になったんやろ」とのこと。こんなこと初めてです。

過呼吸だったとしたら、本当にこわい。ひどかったら息ができなくなってしまうじゃないですか。

訓練でもこんなことがあるのですから、本当に事件が起こったら・・・、直接被害にあわなくても、子供たちの多くはパニックにおちいり、心には大きな傷を残すことでしょう。

池田小学校をはじめ、学校で凶悪な事件を体験した子供たちの心情をあらためて考えさせられた訓練でした。

二度と、そのような事件が起こらないよう心から祈るばかりです。

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2007年6月 4日 (月)

母のスキンケア

私が子供の頃、お風呂からあがって一段落した母が「さ、顔しよ」と言って、コスメボックスをリビングに持ち出し、ローションやクリームなどを順番にていねいにていねいに塗り込んでいたことを、ふと何かの時に思い出します。

母は敏感肌だったようで、資生堂やカネボウなどの基礎化粧品が肌に合わず、刺激成分が少ない化粧品を紹介されては、試してみて、肌に合うタイプは化粧水から美容液までライン使いしていたようです。

その数は子供の私からすると驚くぐらいいっぱいでした。よくもまぁ、順番を間違えずに使えるものだと、隣に座って母のスキンケアをじっと見ながら思っていましたよ。

鏡に向かってスキンケアをする母の姿はとても優雅に思えました。今、ふりかえっても、時間的に余裕のある生活だったんだなぁと、ふんわりした気持ちであのころを思い出します。

私はといえば、毎日をなんだか慌ただしく生きていて、「さ、顔しよ」なんて時間もなかなかとれません。

でもね、必ず心がけていることがあるんです。

洗顔後、化粧水をつける時は手のひらであたためて、ちょっぴり時間をかけてしっかりしっかり肌に浸透させています。

朝など本当は余裕がなくって、バシャバシャとやりたいところですが、この時だけは、ちょっとだけ立ち止まってしっかりやります。・・・と言っても、1分足らずのことですけどね。

私も母譲りなのか、ちょっぴり敏感肌のようで、合わない化粧品が多いのですが、10年ほど前に仕事で知り合った大阪の化粧品メーカー「トレジャーJP」のスキンケア商品に出会ってから、ローションと保湿クリームを愛用しています。肌に刺激となる成分を徹底的に排除した化粧品で安心できるだけでなく、三谷てるみさんという薬剤師の資格を持つ社長さんが「自分のために超わがままな処方で作りました」というだけあって、きれいになるための「たからもの(トレジャー)」のような化粧品です。

20070604写真左はしのオレンジ色のローションは化粧水というよりも美容液なんです。なので、朝なんて、これ一本だけで大丈夫・・・のはず。

夜はローションに加えて、真ん中の保湿クリームを「うるおえ、うるおえ」と心の中で呪文をとなえながら使っています。でも、こちらはうっかり忘れることもしばしば。(^^;)

右はしのちっこいのは最近発売された日焼けどめのミルク。

私、ベタベタする日焼け止めってきらいなんですが、これはスキンケア感覚で使えます。毎朝、メイクの前に使っています。以前は日焼け止めって海や山などアウトドアの時しか使っていなかったのですが、最近は紫外線予防と乾燥予防って注目されていますよね。私も意識してスキンケアとして毎日使うようにしています。

う〜ん、結局、私がやってるスキンケアってこの3つぐらい。母に比べると、うんと手抜きという感じですが、それは時代が変わったということかも。きっと効能的には母のフルラインナップと同じ効果があると信じています。

でも「さ、顔しよ」とスキンケアをする私の姿を子供たちが大きくなって思い出してくれないのは、ちとさびしいかもです。

お風呂上がりに私も「さ、顔しよ」と言いながら、簡単ながらもスキンケアをやってみようかな。

あっ・・・私がお風呂に入る頃は2人とも夢の中だった。ダメじゃん。

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2007年5月28日 (月)

爪切り

週末、マーヤが子供部屋で机に向かって何かやっているので、のぞいてみると・・・

双子200705291

爪切りを使って自分の爪を切っていました。

双子200705292

ちょっと危なっかしい手つきだけど・・・

双子200705293

なんとか深爪もせずに切っています。

自分で爪も切れるようになったのねぇ・・・。

双子が赤ん坊の頃は「子供と私の爪、手足合わせて60本も爪切りしなくちゃいけないじゃない!」とふと気づき、気が遠くなったものでした。今考えたら、毎日60本も切るわけじゃないんですけど、それだけ育児に追いまくられていたんですね、精神的にも。

最近は、日曜日の朝、ピアノのレッスンの前に私が2人の爪を切ってやっていたのですが、そのたびに、やれ深爪して痛いだの、あんまり短く切らないでだの、注文が多くなってきてタメイキまじりだったのですが、これからは少しずつ、自分で爪切りするようになるのかな。

こうやって少しずつ親は楽になり、そして親の手を大きなものが離れていくんでしょうね。

珍しく感傷的な私・・・。

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2007年4月18日 (水)

幼稚園と違うところ

小学校に入学して、双子もいろいろとまどっていると思いますが、実は親の方も気持ちの切り替えができていないことに気づき、時々、愕然とします。

幼稚園と小学校、最も違いを感じたのは、通園・通学の違いです。

双子が通う小学校はちょっと遠いので、最初のうちは学校の近くまで保護者が付き添っていいことになっているのですが、先生から「手をつないでこないでください」と言われてしまいました。

幼稚園の時は反対に「門までしっかりお子さんの手をつないできてください」と注意されたものです。

幼稚園では門に警備員の方が立っていらして、子供を確実に引き渡す、という感じでした。セキュリティの分界点がしっかり決まっていたんです。

そんな感覚でいたら、小学校では「なるべく自分で通学できるように」と指導されて、それが当たり前なのですが、まだ親の頭が切り替わっていません。

親の手を離れて自立していく・・・それが小学校と幼稚園の分界点なんですね。

親の方がしっかり自覚しなくてはなりません。

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2007年4月13日 (金)

今日で終わりにします(母の決意)

双子200704131双子200704132
双子が3歳になった時から書きつづっている「双子日記」ですが、ずっと悩んでいることがありました。

子供たちが大きくなったら、やめないといけない日が来るのかな・・・って。

最も気になっているのは子供たちのセキュリティのことです。

これまでも幼稚園の制服の写真は掲載しないなど、セキュリティ面にはそれなりに気をつけていたつもりです。

親の手元にいる頃はよくても、小学校に入学して、子供たちだけで行動するようになったら、危険は増大しますよね。

・・・と考えているうちに、ついに2人は今週入学式を迎えました。いよいよ小学生です。

そこで、うーんと考えたのですが、決めました。

来週から「双子日記」に子供たちの写真を掲載することを控えさせていただきます。

遠景や後ろ姿、小さい頃の写真などをご紹介させていただくことはあるかも知れませんが、基本的に写真はなしということで。

「これってプライバシーの侵害!」・・・と、いつか2人から言われそうな日記自体は「母の思いを書きつづる」ということで、まだしばらく続けていきたいと思っています。

ちょっと味気ない日記になってしまいそうですが、これからも応援してくださいね。

※双子が3歳の頃、最初に書き始めたブログはこちらです。2人ともちっちゃい!

【Photo】「ママー、こうやって変身したら大丈夫じゃないの?」(赤鼻のサーヤとマーヤ(最後の写真がこんなのでいいのか・・・))

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2007年2月28日 (水)

大人のディズニーランド、子供のディズニーランド

双子200702281jpg私が初めてディズニーランドに行ったのは、大学生の頃でした。私にとってはかなりの衝撃。遊園地とはいえ、なにもかもがよくできている。キャスト含めて、パーク全体で「夢の王国」を創りあげているなぁと思いました。

私にとってディズニーランドはノスタルジーなんです。小さい頃に観た映画や何度も読んだ絵本の世界が目の前にひろがっていくんですから。

ディズニーキャラクターがモチーフになった「ファンタジーランド」だけではありません。「ウェスタンランド」では、小さい頃に両親とよく観た西部劇映画の砂ぼこりっぽい雰囲気が見事に再現されていて、自分が西部開拓時代に迷い込んだような感覚になりました。

映画「スター・ウォーズ」全盛時代に育った私にとって「スター・ツアーズ」も大感激のアトラクション。本当に映画の世界に入り込んだような不思議な気分になったものです。

こんな気持ちを子供たちにも味わってもらいたくて、ディズニーの映画を何本も、そして何回も観て、その世界観を子供たちなりに感じたうえで連れていきたかったんですよ。それで、この年になるまで待っていたのですが、まだちょっと早かったかなって思いました。

双子200702282

例えば、↑チップとデールやドナルドたちのショウを観ながらランチを楽しむディズニーシーの「ケープコッド・クックオフ」に行ったんですけど、チップが登場するとマーヤが「中に入っている人はどこから見てるの?ちゃんと目のとこ、穴があいてるの?」などと現実的なことを言うんですよ。素直にアニメの世界に入れないんだなぁ。

ディズニーランドでは、いかだで「トムソーヤ島」にも行ったのですが、まだ小説の「トムソーヤの冒険」を読んだことがない2人にとっては、単なる探検島なんですよね。私にとっては「インジャンジョーの洞窟」なんてブルブルものなんですけど。

う〜ん、もう少し大きくなるまで待った方がよかったのか?

でも、ショウを観て

双子200702283

こんな顔をしながら、ランチを食べていた子もいましたし、彼女たちなりに衝撃的だったり、感激したり、楽しかったのかも知れません。

少なくとも家族の思い出はまた1つ増えました。

【Photo】中に人間が入ってるんだよね(上:マーヤ)わぁ、チップとデールが踊ってるー(下:サーヤ)

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2007年2月22日 (木)

小鬼ちゃん

双子200702053
我が家には「小鬼」が棲んでいます。

双子200702054
しかも二匹(・・・と数えるのか?)も。

双子20070222
だってほら、小さなキバが2本はえてるでしょ?

最近、二人とも上の前歯が抜けてしまい、隣の2本が小さなキバみたいに見えて仕方ありません。なので、「小鬼ちゃん」と呼んでいます。二人もまんざらいやではなさそう。

でも私、歯がぬけている子供の顔って大好き。なんだか間がぬけて、つい力が抜けてしまいます。特に前歯がない子って可愛いですよね。

本人たちは、前歯が二本ともぬけて、ご飯の時はちょっぴり食べにくそうですけどね。

こんな時期は今だけ。しっかり心にとどめておきたいと思っています。

【Photo】我が家に棲む小鬼たち

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2007年2月20日 (火)

子供におもちゃをねだられない作戦

双子20070220双子が生まれてからというもの、私たち夫婦はいろんな作戦を立てて、家の中に赤ん坊が二人という状況を乗り切ってきました。

子供がちょっと大きくなって、おもちゃ屋さんでだだをこねたらどうしよう、というのも1つの課題でした。二人そろっておもちゃ屋さんの床にひっくりかえって「買ってー、買ってー」の大合唱でもされた日には目もあてられないじゃぁないですか。

そこで考えついたのが、「おもちゃ屋さんはおもちゃを買うところと認識させない」作戦でした。

双子がまだ赤ちゃんの頃から、トイザらスなどおもちゃ屋さんによく行くようになりました。おもちゃだけでなく、大型店舗はベビー用品も充実していますし、まだまだ先に遊ぶおもちゃでも、親が見るだけでも楽しいですものね。

ここで注意したのは、子供の目の前でおもちゃを買わない、ということです。おもちゃ屋さんはおもちゃを買うところだと認識させない作戦ですから。

子供たちがおもちゃに興味をもつようになったら、おもちゃ屋さんに連れて行って、さんざん遊ばせました。でも絶対に「今日は何か買ってやろうか」と言わないのです。

親の方が気に入ったおもちゃを見つけることもありますが、その時は双子が見ていないところでこっそり買います。そして家に帰ってから、「はい、プレゼント」と言って渡します。

この作戦の辛いところは、親がつい「あ〜、これ買ってやりたい〜」と思ってしまうところです。それと、本当は子供たちに毎回「今日はどれが欲しい?買ってもいいよ」と言って、子供たちをワクワクさせたいと思うんですよね。その気持ちをぐっと押さえて「はい、今日はこれで帰ろうね」と言うのって結構辛いものです。子供よりも親の方が葛藤します。

そして最も可哀想なのはおばあちゃん。

「おもちゃ屋さんはおもちゃで遊ぶところで、買うところという認識をさせない」作戦なのですから、おばあちゃんといえども、目の前でおもちゃを買ってやることはできません。

「お願いだから、二人の目の前で買わないでね」と私が頼むものだから、孫に買ってやりたい気持ちをぐっと抑えなければなりません。

「これぐらいならいいじゃない」と言われるのですが、金額の多寡じゃぁないんですよ。小さい子供にとっては、おもちゃはおもちゃなんですもの。

「これ買ってやりたいわぁ」と言ってくれるときは、こっそりレジに持っていてもらい、家に帰ってから「おばあちゃんからのプレゼント」と言って渡してもらいました。まだるっこしい作戦によくもまぁ何年もつきあってもらったものです。

親と祖父母のガマンの甲斐があって、双子はずいぶん大きくなるまで「おもちゃ屋さんでおもちゃを買う」という経済行為に気が付いていませんでした。

なので当然、「これ買ってー」のダダもなし。

でも不思議なもので、そのうちに段々と「おもちゃ屋さんではおもちゃを買うことができる」ということに気が付いていくんですよね。

テレビコマーシャルで見たおもちゃを欲しいと思うようにもなりました。

今では、双子のバースデーや、ゴミ拾いポイントが100ポイント貯まった時などに限って、「今日は好きなおもちゃを買っていいよ」と二人に選ばせています。

普段、おもちゃを選び慣れていない二人は、なかなかさっと決められず、時間をかけてじっくりじっくりと1つのおもちゃを選びます。

こうして、我が家の作戦は成功したように思えるのですが、家の中におもちゃがあふれかえっているのはなぜ?

これだけガマンしているつもりでも、こっそり親が買ってやったり、プレゼントでいただいたり、サンタクロースが持ってきてくれたり・・・不思議とおもちゃって増えていくものです。

いやいや、本当に不思議。

【Photo】今はたまごっちがあるからいいのよ(サーヤ)

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2007年1月31日 (水)

ドッジボールの思い出

双子20070131最近、双子はお迎えの時だけでなく、幼稚園でしょっちゅうドッジボールをして遊んでいるようです。

「まーちゃんってすごいんだよー、ビューンってボール投げるの」

とサーヤが報告します。

「サーヤはね、逃げるのがうまいんだよ」

とマーヤ。二人ともドッジボールが得意なんだ。

二人からドッジボールの話を聞くたびに、私、ちょっぴり胸が痛むんです。

私が小学生の頃もドッジボールが流行ったことがありました。でも運動音痴だった私はドッジボールも苦手で、好きじゃなかったんです。

ボールを当てられるのもいやだったし、たまたまボールを受け止めることができても、へなちょこボールしか投げられない私。

休み時間にドッジボールが始まると、こっそり抜け出して、1人で本を読んだりしていたこともあります。

その時の気持ちを思いだして、もう何十年も前のことなのに、ちょっぴり胸が痛むのです。

ドッジボールが嫌だったという思い出ではなく、嫌なことから逃げようとしていた自分の気持ちが恥ずかしくなるんです。

そんな私に二人は似なくて、本当によかった。

でも、幼稚園児の間でも実はいろいろあったようですよ。

そのお話はまた明日・・・。

【Photo】みんなでドッジボールするの楽しいよ(マーヤ(左)サーヤ(右))

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2007年1月23日 (火)

子供の感性・親の感性

双子200701231以前、←こんなキティーちゃんのメモパッドをいただいたので、双子が大きくなるまで、と取っていました。

それが先日、部屋の片づけをしていたら出てきたので、「お友達へのお手紙書くのに使ったら」と二人にプレゼント。

早速、マーヤが何やら熱心に書いています。

誰にお手紙書いているのかなぁ・・・と思いながらのぞいてみると、キティーちゃんのイラストが描かれている方を裏にして、裏面の白い方に絵を描いているんです。

「まーちゃん、せっかくキティーちゃんの絵が描いてあるんだから、そっちを使ってお手紙書いたら」と私が忠告すると、「いいやん、写真にしてるんやもん」とマーヤ。

どうやらメモのサイズがLサイズの写真を想像させた様子です。

で、マーヤが描いたのがこれ。自画像だそうです。

双子200701232

こちらは「動物がいっぱい遊んでいるところ」

双子200701233

そしてこちらは「マーヤが犬と遊んでいるところ」

双子200701234

お気づきでしょうか?「写真」の上にサランラップをかぶせ、色画用紙で台紙をつけて、「写真立て」風に仕上げているんです。

ちゃんと立つように、裏にはこんな工夫が。↓

双子200701235

ほほー、面白いことするじゃないの。

でも・・・こんなことに使うなら、白いメモでもいいじゃん・・・と思うのは大人の感性?

ちょっと納得いかないけれど、子供の感性も大切にしなければ、と自分を納得させているハハでございます。(でも、やっぱりもったいない)

【Photo】ずっと「写真」ごっこに使われるのかと心配しましたが、ちゃんと後から、お友達へのお手紙用にも使われていたキティーちゃんのメモパッド

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2007年1月22日 (月)

反抗期がある理由

双子20070122ルーク(ミニチュアシュナウザー・雄)を飼い始めて1週間ぐらいたった時、突然、ドッグフードを食べなくなってしまったことがあります。

身体がだるそうなど、他には変わったところがなく元気なのに、「ごはんよ」と言って、お皿にドッグフードを入れてやると、クンクンとにおってみて、顔をそむけるんです。

特に病気という様子ではなかったのですが、獣医さんに相談したところ、「それは『反抗期』ですね。飼い主を試しているんです。どこまでワガママが通用するか、好き嫌いのフリをして、飼い主の反応をみているんです。ここでうっかり『ドライフードは嫌いなのかな?お肉の缶詰に変えてみようかな』と思ってしまったら、飼い主の負けですよ」とのこと。

犬同士、ネットやクチコミで情報交換するわけでもないのに、こういうことって遺伝子的に組み込まれているんでしょうね。

結局、しばらくほっておいたら、すぐにいつものドライフードを食べ始めました。やっぱり試されていたんですね。

野良猫・風太でも、同じようなことがありました。やっぱり、いつものドライフードを拒否したんです。これまた、ほっておいたら、また食べ始めました。

犬猫と人間の子供を一緒にしたら怒られそうですが、人間の子供も親に対してある時期から「いや、いや」を連発しはじめますよね。これって私、親を試しているんじゃないかと思うんです。

叱っても叱っても次々に始めるいたずらもそう。どこまでやれば、どんな風に親が向かってくるのか、試しているように思えます。毎日毎日叱っても、懲りずに新しいいたずらを始めますものね。

その証拠に、子供が「いや」と言うと親の方はどうやってご飯を食べさせようか、どうやって外に連れ出そうか、あれこれ考え始めます。なだめたりすかしたり、頭ごなしに叱りつけたり、いろいろ行動しますよね。これって、とても深い親子のコミュニケーションだと思うのです。

かくいう私も、その渦中にいる時は「キーッ」となっていましたが、プチ反抗期が一段落すると、そう思えるようになりました。

お互い押したり引いたりしながら、親も子も、一緒に成長するのでしょうね。

言葉をきちんとしゃべれない幼児に限ったことではありません。思春期の子供のいわゆる「反抗期」も、DNAに仕組まれた親とのコミュニケーション段階なのかな、と思うのです。

実際にその時がきたら、ちゃんと向き合えるのか、ちょっぴり不安ではありますが、あれこれ親も悩んだり爆発したりしながら、コミュニケーションしていきたいと思っています。少なくとも拒否だけはしたくないなぁと思っている次第。

本当にできるかな・・・?>私

【Photo】叱られたくないけど、どうしてもやってしまうの、ごめんなさい(サーヤ)

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2006年12月11日 (月)

大人っていいな

夫が昨年、クリスマスプレゼントにピンクのコートを買ってくれました。ピーチスキンで、中はキルト地の軽いけどあたたかいコートです。

今年、はじめてこのコートを出してきて、会社に着ていこうとソファの上においていると、マーヤが目ざとく見つけて、こんなことを言ってましたよ。

「ママのコート、可愛い~。大人っていいな、自分の好きな服着れて。」

(^^;)君たちが着ている服は好きじゃないのか?

わかりますけどね。「今日は寒いから、こっちにしなさい」とか「そんな組み合わせ、ダメダメ」とか言ってますものね、時々。服を買うのも、まだまだ親が主導だし。幼稚園は制服だし。

子供たちから「大人っていいな」と言われた時、私はすぐに「大人っていいよ」と答えることにしています。

だって、子供たちはこれから大人になっていくんですもの。その未来が楽しいものじゃないといやでしょ?だから私は「大人っていいよー、楽しいよー」と即答するのです。

同じく、「学校って楽しいよ」「会社って楽しいよ」とも言い続けています。

苦労は口に出さずとも、子供たちが私と同じ年になれば、そのうちにわかるものだと思っています。それよりも私は子供たちに、大人へのステップをのぼっていくことに、希望を持って欲しい。

みんないろんな苦労や大変なことがあるけれど、生きていくことは楽しいことだと、そう口にしながら、私自身も勇気をふるいたたせているのです。

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2006年11月28日 (火)

パパっ子、ママっ子

赤ん坊のころのマーヤって、ちょっと男の子っぽかったんです。ぽやんとした表情のサーヤに比べて、キリキリっとした視線で私たちを見ていて、ぶんぶん振り回す腕や足を見ていると、暴れん坊のようでした。

双子が2歳になった頃から、家族であちこちの温泉に行くようになったのですが、最初のうちは二人いっぺんに入浴させるのは大変で、たいてい夫がマーヤを男湯に連れていき、私がサーヤと女湯に入っていました。

そのうちに、子供連れで温泉に入るのも楽になり、二人とも私と一緒に女湯に入ることが多くなりましたけどね。

温泉だけじゃなく、今振り返ると、マーヤの方がパパっ子だったような気がします。

ところがところが、3歳を過ぎたあたりから、髪の毛もロングになって、二人とも段々と女の子らしくなってきました。それまでは、男の子っぽい服なんかも着せていたのですが、嫌がるようになり、スカートやフリルがついた「かわいいの」が二人の好みに。

そしてねぇ、気がつくと最近、サーヤの方がパパっ子なんです。ソファーに座ってテレビを観ている時なんて、恋人のように寄り添っていますし、とっても甘え上手。歩く時もパパと手をつなぐことが多いかな。

マーヤは最近どちらかというとママっ子。「朝の抱っこしてくれてない~」とすねてみたり、と私にベタベタ甘えてきます。

でも、成長するにつれ、また変わっていくんでしょうね。パパっ子、ママっ子が入れ替わったり・・・。気がつくと、どっちも抱っこさせてくれなくなるのかな。

親の方はもちろん、二人とも可愛いものです。どちらも大切な大切なわが子です。

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2006年11月 9日 (木)

双子でザンネン

双子20061109昨夜のことです。

ちょっと早めに帰宅したので、双子に絵本を読んでやる約束をしました。着替えをすませて寝室に行くと、マーヤは待ちきれずに眠っていました。

ベッドの上に1人ちょこんと座って待っているサーヤに

「あらあら、妹の方はもう寝ちゃったのね。お姉ちゃんだけ起きてたの?」

と言うと、こっくりうなずきました。

サーヤももう眠くなったのか、布団の中にもぐりこみます。

絵本を読む前に、サーヤの枕元でこんな質問をしてみました。

「サーヤってお姉ちゃんに生まれてよかった?それとも妹に生まれたかった?」

双子ですから、お姉ちゃんも妹もないんですけど・・・我ながらオバカな質問。

サーヤはちょっと考えて、こう答えます。

「お姉ちゃんでよかった。サーヤの方が小さいのと、双子だったのがザンネンだけど」

え〜?双子で生まれてザンネンなの?ハハ、ショック・・・。

「サーヤ、MちゃんとかAちゃんとかみたいに、小さい妹とか弟とかいたらいいな」

幼稚園のお友達に赤ちゃんが生まれたり、妹や弟が年少さんに入園してきたりするのを見て、うらやましく思っているのでしょう。

お姉ちゃん願望が強いお年頃。

かなえてやりたいけど、なかなか難しいことですね。

【Photo】本当のお姉ちゃんがよかったなぁ(左:サーヤ)マーヤがお姉ちゃんだったらよかったなぁ(右:マーヤ)

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2006年11月 6日 (月)

親は無力なものです

双子20061106昨日、喫茶店で神戸新聞を読んでいたんですけど、読者からの投稿欄に、思わず涙があふれた投稿がありました。

45歳の男性からの投稿だったのですが、6歳になる娘さんが先天性の疾患で大きな手術を受けることになったそうです。

傷跡も残るし、娘が不憫でならない、けれども命にはかえられない、自分の娘だけがどうしてこんな目にあわなければならないのか・・・と親としての心情が綴られていました。

そして、健康な身体に生まれてきたのに不摂生をする若者や同年代の人たちに憤りを感じていらっしゃいました。

最後に書かれていた言葉に胸がしめつけられました。

「親は無力なものです。手術の成功を祈ることしかできない。」

子供が大きな病気にかかると、親は自分の無力さを感じるものです。

私もおなかの中でサーヤの成長が止まった時、小さく生まれて心臓に疾患があると言われた時、「ごめんね、ごめんね」と謝りました。

替われるものなら、替わってやりたい・・・親なら誰でもそう思うでしょう。けれども実際には、何もしてやることができない・・・その無力さが歯がゆいのです。

「五体満足」の有り難さ、親になって初めて実感するようになりました。

手術が無事に終わったら、娘をせいいっぱいほめてやりたい・・・と、その投稿はしめくくられていました。

手術の成功を祈っています。心から、心から、祈っています。

【Photo】毎日、少食ながらもご飯を食べて、少しずつ少しずつ大きくなってきたサーヤです。小学校入学前に、また心臓の検査をします。

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2006年10月10日 (火)

死にたくないよ

双子20061010昨日、とんでもないことが起こりました。
北朝鮮の核実験・・・ただの示威行動なのかどうか、真意のほどはわかりませんが、戦争の影がちらついて、落ち着かない一日を過ごしました。

家族そろって晩ご飯を食べながら、双子に核実験のことを話しました。

広島と長崎に落ちた原爆のことをうっすらと知っている双子は不安な顔に。

「戦争になるの?」
「すぐに戦争になることはないけど、原爆と同じ爆弾なんだから、いつでも戦争できるぞーっておどしているのよ」

二人とも箸が止まり、うつむき顔に。

「マーヤ、死にたくない。・・・だってマーヤ、大きくなってお花やさんになるんだもん」
「サーヤだって死にたくない。サーヤは大きくなって、漫画家になるんだもん」

子供たちの未来はまだまだこれから。
みんなの未来が平和のうちにありますように。

【Photo】明石大橋の向こうに沈む夕日を眺める双子。こんな平和な休日をいつまでも過ごすことができますように。

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2006年10月 4日 (水)

幸せの冷凍保存

双子20061004昨日はココログのサーバーメンテナンスが行われたようで、コメント機能が使えませんでした。その間にコメント入力してくださった方、ごめんなさい。更新機能も使えなかったので、さぼってしまいました。これまた、ごめんなさい。

一昨日の月曜日、会社でショックなことがありました。

私もよく知っている男性社員の息子さんが週末、亡くなったとの訃報が掲示されていたのです。

享年たったの3歳。

・・・訃報の紙の前で私、立ちつくしてしまいました。

事故だったのか、病気だったのか・・・彼と同じ部署の社員にたずねてみると、生まれた時からずっと難病を抱えていたということです。

家族にとっては、覚悟の別れだったのかも知れませんが、彼になんと言っていいのか・・・言葉がうかびません。

そんな大変なことが起こっていた週末、私たち家族は平凡な「日常」を過ごしていました。

子供たちが二人とも元気で、大きな心配ごともなく、スクスクと成長している・・・なんて、もったいないことでしょう。幸せがあふれて、こぼれてしまいそうです。

今の幸せの半分を冷凍保存できたらいいのに。

そうしたら、悲しいことが起こった時でも、少しずつ取り出して、また幸せな気持ちになれるのに。

母になって私、いろんな意味で強くなったと思うけど、子供をなくすことだけが、とてもこわい。

本当に本当にこわいのです。

こうやって書いているだけで、涙が出てきます。

小さいたっくんのご冥福を心からお祈りいたします。

【Photo】こんな平凡な毎日が消えてしまいませんように

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2006年9月13日 (水)

マーヤ一生のお願い

双子20060913
先週、双子の誕生日に、私は会社を定時で出ようとあれこれ画策いたしました。

まず、当日の18時以降はグループウェアのスケジュール表にあらかじめ「予定あり」と書き込み、予定が入るのをブロック。また夕方は会議などを入れないように気を遣いました。

仕事の関係者にも「6日は定時で帰るから」と前もって宣言。その日に終えなくてはならない仕事は前日の夜にできるだけ片づけました。

そして当日、予定通り、定時でダッシュ!途中で予約していたケーキを受け取り、帰宅しましたよ。

家に帰ると双子が大喜び。

とまあ、こんな感じで、私は最初から早く帰る段取りをしていたのですが、誕生日前日にマーヤからこんなお願いが。

「ママ、明日はマーヤたちの誕生日だから早く帰ってきてね。一生のお願い!」

6歳にして「一生のお願い」カードを早くも切ってしまったマーヤちゃんでありました。

【Photo】ママ早く帰ってきてくれて、ありがとう(マーヤ)

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2006年9月12日 (火)

銀色の靴

双子20060912
今年の夏、私は銀色のサンダルを愛用していました。ピンヒールで、華奢なデザインのサンダルです。

買ったばかりの頃、私がこの銀色のサンダルを下駄箱から出してくるたび、サーヤが

「この靴きれい、サーヤこの靴だぁい好き」と言いました。そして小さな指で、私のサンダルをそーっとさわってみるのです。

「サーヤ、この靴が一番好き。サーヤが大きくなったらサーヤにくれる?」

あらあら、嬉しいお言葉です。でも、そんなに長持ちするかしらん(^^;)

このあいだね、玄関に置いていた銀色のサンダルを、サーヤがこっそりはいてみているのをチラッと見ちゃいました。

子供の頃、母親が持っているものに憧れた自分を思い出しました。サーヤの記憶の中にも、この銀色の靴がいつまでもとどまってくれますように。

【Photo】早く大人になりたいなぁ・・・(サーヤ)

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2006年9月 6日 (水)

9月6日になりました

双子20060906
ついに9月6日がやってきました。

予定どおりだと、午前中に紀子さまの赤ちゃんがご誕生です。元気な赤ちゃんが生まれますように。

そ・し・て、9月6日といえば・・・我が家の双子の誕生日です!6歳になりました。

35週目に帝王切開で生まれた二人。1800gと2300gの未熟児で無事に生まれてきただけでも「奇跡」だったのに、すくすくと成長し、大きな病気もケガもせず、ありがたくてありがたくて、お釣りがきそうです。

なのに私ったら、毎日「ガミガミかーちゃん」で、反省することしきり。

今日だけでも怒りたい気持ちをぐっとおさえて、「早くしなさいー!」という言葉ものみこんで、楽しいバースデーを過ごさせてやろうと思っています。

夕方も定時で帰るぞ!

予約済みのバースデーケーキを買って帰るつもりです。待っててね。

【Photo】これからも二人仲良く年をとるのよ(左:サーヤ、右:マーヤ)

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2006年8月28日 (月)

少食ザウルス

双子20060828
小さなお子さんがいらっしゃるお母さんにお会いすると、私が必ずたずねることがあります。

「お子さん、よく食べますか?」

我が家の双子は相変わらず少食なのです。二人とも。

調子がいい時は朝から食パン2枚をたいらげたり、外食していて、スパゲッティやオムライスを1人分ペロッと食べたりするのですが、たいていは1人分を二人で「はんぶんこ」したものをたいらげるのがやっとです。

そして、食事時間が長い!

朝ごはんなんて、トースト1枚と牛乳にチーズと果物・・・といった程度のものなのに、なんと1時間以上かけて食べるんですよ。よく見たら、食べてないんです。二人並んでワアワアおしゃべりばっかりして、時々、ギャハギャハ笑ったりして、手も口も働いていません。

夜ご飯なんてもっとひどくて、放っておくと1時間半から2時間もかけて食べます。

「遊びながら食べたら、神様のバチが当たるよ」と何度も何度も注意するのですが、すぐに忘れてしまうよう。

「楽しい話をしながら、ゆっくり食べる」のは理想的かも知れないけど、程度をこえてます。親の方は毎回、待ちくたびれてしまうし・・・。

でも、なぜか、幼稚園の給食は時間内にしっかり食べているようなんです。お弁当を持たせた日も毎回「完食」してくるので不思議です。

それでも、未熟児だった二人が、標準値まで大きくなっているのがまた不思議。少食な子は少食なりに、栄養をちゃんととっているのかなぁ。

【Photo】カレーライスはぜーんぶ食べるのよ(マーヤ)

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2006年8月 9日 (水)

9月6日ですって?!

双子20060809_1
前置胎盤と診断された紀子さま、9月下旬のご出産予定からちょっと早めて、9月6日に帝王切開手術を予定されていると報道されていましたね。

9月6日といえば・・・我が家の双子の誕生日じゃぁないですかあ。(^^)/

だからどう、という訳ではありませんが、なんだか嬉しいな。

あと1ヶ月・・・ご無事に手術日を迎えられ、元気な赤ちゃんが誕生しますように。

【Photo】どんな赤ちゃんが生まれてくるのかなぁ(マーヤ@パルケエスパーニャにて)

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2006年6月27日 (火)

大きなママ

双子20060627
昨日の話の続きです。

今はまだマーヤよりも小さいサーヤに

「サーヤは最近、ご飯をよく食べるから、まーちゃんよりも大きくなるかも知れないよ」

と言ってやったところ、こんなことを聞かれました。

「ママはどうしてそんなに大きくなったの?」

えーっ?私って大きい???

私って小学校を卒業するまでは割と大きかったんです。でも、そこで成長がとまってしまったんですよ。今でも152cmしかありません。チビ族です。

そんな私でも、子供たちからみたら「大きく」見えるんでしょうね。まだ、二人とも私のおなかのあたりだもんね。

私の母は私よりさらに小さいのですが、子供の頃はやっぱり大きくみえたことを思い出しました。

あと数年で、双子は私の身長を追い抜くことでしょう。

その時、嬉しさとちょっぴりさびしい気持ちを双子も感じてくれるのかな?私も嬉しく、ちょっぴりさびしくなるんだと思います。

【Photo】サーヤ、ご飯い〜っぱい食べて大きくなるのよ(サーヤ)

【お知らせ】私も「唐土(もろこし)かほる」というハンドルネームで参加している「ワーキングマザースタイル」で「ワーキングマザーに20の質問」という新企画が始まりました。スタッフ同士のリレーインタビューでスタッフの素顔に迫ります。第一回目は・・・私の素顔に迫られてしまいました(^^;)。実はこんなヤツです。よかったらご覧ください。

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2006年6月 6日 (火)

父帰る、母帰る

双子20060606
ゴールデンウィーク明けに入院した夫が今日、退院の予定です。

丸4週間の入院生活、本人にとってはかなり長かったようですよ。まだリハビリに通わないといけませんし、完治までには数ヶ月を要しますが、とりあえず経過は順調のようなので、ご安心ください。

双子育児の主役である夫が入院することになり、一瞬目の前が真っ暗になってしまったのですが、私の両親が九州から手伝いにきてくれたので大助かりでした。

我が家は「プチ実家状態」でしたよ。

2週間で父だけが九州に戻り、その後、母が1人で奮闘してくれました。

4週間、最近ちょっぴり反抗期でちっとも言うことを聞かない双子の世話をするのは大変だったと思います。日に日に母の顔に疲れの色がうかんでくるのがわかりました。

夫と入れ替わりで、母は今日、九州に帰ります。

夫が帰ってくるのは嬉しいけど、母にまたしばらく会えないと思うとさびしいな。

あと数時間後に私が出勤する時が別れの時です。

母はきっと玄関まで私を見送ってくれるでしょう。そんな母の顔をしっかり見て、「長い間、ありがとう」と言うつもりです。泣かないようにしなくちゃね。

ママ、本当にありがとう。今夜から、ゆっくり休んでね。

【Photo】パパが帰ってくるの!バンザ〜イ!(サーヤ)

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2006年6月 1日 (木)

参観日の失敗

双子20060601
それは年中の冬のことでした。

幼稚園の英会話参観があるという日の前日、夫に「明日、英会話参観だよ」と言うと「おれ、病院で検査があるから行かれへんわ」と言うのです。

えええーっ?

昨年11月に起きた交通事故による右肩のケガがなかなか治らないので、あちこちの病院で検査を繰り返していたのです。その時は参観日当日が検査の日だということをすっかり忘れていました。

なんの段取りもしていないので、会社を休む訳にもいかず、いきなり当日、おばあちゃんにお願いするのも気がひけるし・・・困った・・・。

でもまぁ、年少の時も英会話参観には行ったし(夫が)、参観日はしょっちゅうあるので、一回ぐらい行かなくてもいいか・・・ということになりました。

明けて参観日当日、サーヤとマーヤに「今日、パパは病院でママは会社だから2人とも幼稚園に行けないの、ごめんね」と謝ったところ、意外にもあっさりと「うん、いいよ」「S君のママがいるから大丈夫」と言われてしまいました。

いいのかい・・・?(^^;)

以前のとある参観日の時に親子で工作をする時間があって、夫しか参加していなかった我が家、子供は2人、1人はS君のママが手伝ってくれたことがあったのです。だからもし、親子で何かするイベントがあっても大丈夫だと言うのです。S君のママ、ごめんなさい。

というわけで、我が家的には特におおごとにもならず参観日は終わったのですが、次の参観日にお母さんたちから次々と「こないだの英会話参観の時はどうしたの?」「パパもママも2人ともこないから心配したわ」と言われてしまいました。

まずい・・・やっぱり参観日って万難を排して行くものなんだ・・・。

R君のお母さんからは「うちの子の隣にサーヤちゃんとマーヤちゃんが座ってたから、ビデオ撮ってあげたわ。コピーしたからどうぞ」とDVD-RAMをいただいてしまいました。隣にちょこっとうつっているかと思いきや、ちゃんと双子のアップまで時々撮ってくださっていました。す、すみません・・・。

ビデオでは元気に頑張っていた2人ですが、ちょっぴりさびしい思いをさせたかも知れませんね。

少なくとも誰か1人は出席できるよう、ちゃんと段取りしておかなければ、と反省した次第です。

【Photo】パパとママがこれなくても、サーヤ、ちゃんとしてたでしょ?(サーヤ)

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2006年3月16日 (木)

池田小学校卒業式

20060316昨日、大阪教育大付属池田小学校の卒業式が行われたそうです。

5年前、殺傷された児童のうち7人は当時2年生で、卒業式では名前が呼ばれ、卒業証書が遺族に手渡されたとのこと。

衝撃的な事件でした。

当時、私は東京出張をしていて、携帯のネットニュースで知ってショックを受けたものです。既に双子が生まれていましたし、地域的にも近い小学校で、こんなに多くの尊い命が一瞬にして奪われたことに、胸がつぶれそうなぐらい痛みを感じました。

それでも時はたつんですね。

残された子供たちは、どんな気持ちで5年間を送ってきたのでしょうか。

我が家の双子もあと1年ちょっとで小学生。少しずつ親の手を離れて、社会というものにのみこまれていきます。そしていつも危険が隣合わせに・・・。

親は何度も何度も胸を痛めながら子供たちを育てていくのでしょうね。

あらためて、子供が安全に暮らすことができる社会を切望する私です。

【Photo】ずっと元気に2人そろって遊んで欲しいな(サーヤの自転車を押すマーヤ)

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2006年2月 6日 (月)

家というもの家族というもの

20060206土曜日の夜、テレビをみて号泣しました。

小児病棟のドキュメンタリー番組を家族そろってみたのです。

途中からみたので、どこにある病院かよくわからなかったのですが、ガンなど治療が難しい病気にかかった子供たちが、最後の最後に「なんとか治療を」と求めてやってくる病院です。

その中で肝臓の末期ガンをわずらった6歳の男の子の闘病記録が紹介されていました。

入院し、痛い治療も懸命にうけるヒロキ君という男の子。一家は岐阜県郡上市にお住まいなのですが、治療のために、遠いこの病院にやってきたそうです。お父さんは2週間仕事を休んで、家族で病院につきっきりになったりしていました。

ヒロキ君とご家族の努力にもかかわらず、なかなかよい方向に進みません。

「一度、家でゆっくり休ませたい」とお母さんは一時退院を願い出ます。

病院側も熟考し、容態が安定していたので、とりあえず一時退院を許可します。でも岐阜県郡上市までは遠いのでしょう。いったんお母さんのご実家がある静岡に一家は身を寄せ、次の検査の結果を待ちます。検査の結果がよかったら、自宅に戻れるのです。

検査の結果がでるのは、たまたまお母さんの誕生日。お母さんはテレビ局のスタッフに笑顔で言います。「奇跡を起こして見せます。絶対に連れて帰ります」と。

家に連れて帰ることにこだわるお母さんの姿をみて、双子妊娠中に入院していた時のつらさと「家」というものの単なる箱ではない、ある種、生命力をもった空間に「帰りたい」と切望した気持ちを思い出しました。妊娠は病気ではありません。いつか必ず退院できるものです。そんな私ですら、「家」に帰ることを切に祈ったのです。

ヒロキ君が生まれ育った家、小学校にあがったヒロキ君の家には勉強机もランドセルもあります。いろんないたずらもしたことでしょう。怒られたり、泣いたり、そしていろんな笑い声がひびいたことでしょう。いろいろな思い出がいっぱいつまった「家」。

そして何より、家族が誰にもジャマされず一緒に過ごせる空間。それが「家」なのです。

家族が一緒に過ごすことだけが大事なのであれば、お母さんの実家で過ごすだけでも十分なのです。つかのま、家族そろって花火をしたり、親子で料理を作ったり、ヒロキ君の笑顔の映像がいっぱい紹介されました。

それでも、お母さんは「家」に帰ることにこだわった。

私はその姿をみて、「家」というものが家族にとって、いかに大切な要素かということをあらためて実感しました。

明日、検査の結果が「良」と出れば、一家は晴れて「家」にもどれるという夜、「1人にしないで」と泣くヒロキ君をはさんで、お父さん、お母さん、そしてヒロキ君の弟4人はシングルベッドで眠りました。

そして、翌日、一家は病院に現れませんでした。

ヒロキ君が急に高熱を出したのです。心肺停止状態で運ばれてきたヒロキ君。スタッフが懸命に心臓マッサージを行います。長い長い時間・・・そして最後はお父さんの手でマッサージを行いました。

みんなの努力、そして家族の願いもむなしく、ヒロキ君は6年の生涯をとじました。

小さいヒロキ君が逝ってしまったこと、それだけでもとてもとても悲しいことだけど、「ヒロキ君、もう一度だけおうちに帰りたかったね、お母さん、お父さん、もう一度、ヒロキ君をおうちに連れて帰ってあげたかったね」という思いで涙が止まりませんでした。今も涙があふれてきます。

「家」で家族そろって過ごせる幸せを、かみしめないわけにはいきません。

【Photo】一緒にテレビをみていて、「目が熱くなった」と言っていたマーヤ

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2005年12月16日 (金)

『双子日記』がちょっぴりバージョンアップ?

20051216この『双子日記』今週からちょっと変わったのにお気づきでしょうか?

実は・・・

写真をクリックすると大きな画像が出るようになったんです。(今週の記事から)

写真画像をアップロードする時に「サムネイルを作る」設定にしているからなのですが、サムネールを作れるほど大きな写真画像を今週から使えるようになりました。

なぜかというと・・・ケータイを買い替えたんです!夫婦ともに。

この『双子日記』、いつもケータイのカメラで撮った写真を使用しています。3年も前に買った機種なので、画素数も小さくて写真1枚の容量が7〜9KBほどの小さな画像だったんですよね。なのでそのままアップしていましたが、このたび買い替えた機種は130万画素(今ではあたりまえのようですね)でプリントに耐え得る精度の写真を撮ることができるようになりました。

私にとってケータイは「ブログ用カメラ」という使い方が主なので、SDカード付きのものにしましたよ。デジカメ用に買ったSDカードリーダーをPCに接続して、PCへの画像転送もチョー簡単にできるようになり、めちゃくちゃ嬉しい!これまでは1枚1枚、メールで送っていたんですよね。

これからも、双子の写真をこのカメラでいっぱい撮っていきたいと思います。

これまで使っていたケータイはどうしたかって?

夫とおそろいの機種だったのですが、それぞれ双子のおもちゃ用にしました。おもちゃとはいえ、通信ができないだけで、カメラも撮れますし、時計機能は生きてるし、アラームも鳴るし、待ち受け画面の変更もできるし・・・で本格的なおもちゃになってます。双子はもちろん大喜び!

このケータイをどのように双子が活用しているのか・・・これはまた来週、ご紹介いたしますね。

Have a nice weekend!

【Photo】ママからケータイもらったの(サーヤ)

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2005年11月18日 (金)

至福のひととき

20051118皆さんにとって『至福のひととき』ってどんな時ですか?

私はねぇ・・・ベッドに入った瞬間とか(その直後にもう寝てる)、甘くておいしいものを食べている時とかも幸せだけど、なんといっても自宅のリビングで家族そろってテレビを観ている時が最も幸せだなぁって感じます。

たいてい夫はソファの上に寝転がっています。双子の一人がそのパパにくっついて、もう一人は絨毯の上に座っている私の横に座ります。そしてルークまでやってきて、私のひざに頭をのせてまあるくなって眠っています。

番組はなんでもいいんだけど、土曜日の夜とかで、洗い物や洗濯などの家事も終わっていて、あとは寝るだけ、みたいな時がさらに嬉しい。

外は雨が降ってるけど、お出かけしなくていい休日、とかも嬉しいかな。

隣に座っている娘を抱き寄せ、ルークの背中をなでてやりながら、私は幸せをかみしめているのです。

でも、たいていは、双子が番組の内容にちゃちゃを入れだしたり、他の遊びを始めたり、2人で別のことをしゃべり出したりして、至福のひとときはぶちこわしになるのございます。

【Photo】あたしたちは雨でも幸せなのよ(左・マーヤ、右・サーヤ)

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2005年10月11日 (火)

胎児の頃の名前

200510113連休の中日はバーバのおうちに遊びに行きました。お昼ご飯のあと、近所の公園で双子を遊ばせていたのですが、偶然、6歳の双子ちゃんと友達になりました。男の子と女の子のミックスちゃんです。

そのお母さんと妊娠中のお話をしている時にふと思い出したのですが、私って双子がおなかの中にいるとき、2人とも男の子か、少なくとも1人は男の子って気がしていたんですよね。特に根拠はなかったのですが。

胎児にも名前をつけたりしませんか?呼びかけたりするために。

うちはねぇ、上にいた大きい子を「翼(つばさ)」、下にいた小さい子を「航(わたる)」って呼んでいました。夫が飛行機も船も好きなので。

帝王切開の予定日をひかえて、名前をすぐにつけるため(間違いなく未熟児で生まれてくることが想定されたため、高額医療が必至、出生後すぐに健康保険に加入させるためには出生届が必要だったのです)、主治医の先生に性別を聞いてみたところ、「どちらも女の子のようですよ」と言われ、かなり驚きました。

そうして生まれたのがサーヤとマーヤ。2人ともそれぞれ「航」「翼」と呼ばれていたことを覚えていないそうです。

【Photo】この子は「ジャックかぼちゃ」って名前よ(「翼」だったマーヤ)

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2005年5月17日 (火)

子供はスペアにならない

20050217_2私の両親はともに昭和8年生まれ。戦前生まれなので子だくさんの家庭で父は5人兄弟、母は6人兄弟です。

父にはあと二人弟がいたそうですが、どちらも赤ん坊の頃に亡くなったと聞いています。現代とは違って戦時中のことで食糧事情も悪かったでしょうし、医療も今ほど発達していなかったでしょうから赤ん坊がちょっとした病気で死んでしまうことは珍しくなかったと思います。なによりそんなに子供がたくさんいたなら一人や二人赤ん坊が亡くなっても父の両親は今の親ほど悲しまなかったのでは、と一人勝手に思っていました。

ところが最近、父からこんな話を聞いたのです。

「弟が高熱を出しておふくろとおやじは夜中に病院を走り回った。結局たらい回しにされて途中で死んでしまった。赤ん坊の弟を抱きしめながらおふくろは半狂乱になって『この子が助かったら他の兄弟はどうなってもいい』と言ったんだ」

その当時、子供だった父は半狂乱になった母親の一言を60年以上たった今でも鮮明に覚えているのです。私はどう相づちをうっていいのかわかりませんでした。

自分が親になるまで、ひとりっ子のお子さんが亡くなるという話を聞くと「一人しかいないのに可愛そう」と思っていましたが、ご兄弟がいる場合は「他にもお子さんがいらっしゃるから生き甲斐は残るわね」などと思っていました。愚かな人間でした。

親になった今、子供をなくすことが何よりこわいです。そして双子とはいえ、どちらが欠けても立ち直れないような気がします。二人でも三人でも、五人でも六人でも・・・何人子供がいてもどの子も大切な子供だということが今はわかります。

さーちゃん、まーちゃん、ママより先に死んだらだめだよ。それだけがママのお願い。

【Photo】元気で仲良し、それが一番!

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2004年10月25日 (月)

新潟中越地震で思うこと

20041025新潟で起きた大地震、時間を追うごとに被害の甚大さが伝えられ、昨日はテレビニュースに釘付けになっていました。

避難生活をされている方々の映像を見ると、心が痛みます。ほんの一瞬の揺れがその後何年もの人生を変えてしまうのです。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災者の皆さんの生活が一日も早く復旧することを願ってやみません。

阪神淡路大震災では私もマンションのガスと水道が止まり、翌朝、被害が少なかった大阪市内の友人宅にころがりこみ、2週間の居候生活をしました。自宅の損壊はありませんでしたが、マンションのすぐ前の新幹線の高架が1ブロック落ちていて、相当ショックを受けました。

その当時は独身で一人暮らしでしたから生活はなんとかなったものの、真っ暗闇の中の地震は私の心に大きな傷を残しました。当時は、もっと大きな被害にあった方たちのために何かしてあげるべきだったのですが、しばらくはものすごい脱力感で何もしたくない毎日でした。

自宅が全壊した当時大学生だった女の子が震災から8年ほどたってこんな話をしてくれました。

「もう笑っちゃうしかないんですよ。全壊ですから。でも、その時、『あー家族って大切だ』と実感したんです。それまで父親のことって毛嫌いしていたんですけど、その時はお父さんってかっこいい!と本気で思いました」

当時、私と同じマンションに住んでいらした方もご夫婦や家族で住んでいらした方たちは比較的落ち着いていらっしゃいました。なんとかしなきゃ、と前向きな姿勢が感じられました。一人暮らしの私はヘニョヘニョになっていましたけど。

そして今では人の親になり、もし今地震が来たら、もうヘニョヘニョしてられません。サーヤもマーヤもそしてルークも私が守る!強く強くそう思いました。

P.S.被災地では毛布と食料が不足しているそうです。義援金なども送りたいと思っているのですが、まだネットでは情報がでていません。被災地支援の情報を得られた方、ぜひコメントで教えてください。

【Photo】新潟の皆さんの生活が早く元通りになりますように(サーヤ)

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2004年9月 2日 (木)

2学期がはじまって

20040902♪まーちゃん、一緒に幼稚園に行こうね、サーヤとおててをつないで唄いながら行こうねー・・・♪

これは双子が生まれて1週間後、マーヤだけが先に母子同室になり保育器に入っているサーヤのことを思いながら自然に思い浮かんだ自作の子守歌(?)です。マーヤの顔を見ながら何度も唄ってあげました。

35週で生まれた双子にはいろいろなトラブルが予想されていました。34週で肺ができあがるといいますので、自律呼吸はできそうでしたが他に何か十分に育っていないまま生まれてくる可能性がありました。現代の医学でも「生まれてみないとわからない」そんな状況だったのです。

結果・・・1800gで生まれたサーヤの心臓は弁が閉じておらず、血液の逆流が見られました。保育器の中で弁が自然に閉じるのを待ち、最悪は手術と言われました。

サーヤは生まれてから3週間、NICU(新生児集中治療室)に入っていました。心臓に負担をかけるから、とミルクの摂取量も少なめにしなければなりませんでしたのでいつもおなかがすいていたと思います。

マーヤと私はMRSAに院内感染してしまい、個室に隔離されました。NICUにいるサーヤとの面会も禁止されました。

パパとおばあちゃんは毎日ガラスごしにサーヤを見にいきましたが、サーヤには見えたでしょうか?

個室でマーヤと二人きりでサーヤのことを思いながら「一緒に幼稚園に行こうね」の歌を唄っていたのです。なんとか幼稚園にあがるぐらいに大きくなって欲しい・・・そう願っていたのです。NICUでひとりぼっちのサーヤもマーヤと一緒に大きくなりたい、そう切望しているような気がしました。そんな彼女の生命力を感じながらも、やっぱり不安だったのです。

サーヤの心臓はなんとか安定し、その後も1年半ほどは何度も検査を受けました。次は小学校に入学する前に検査を受けることになっています。

今ではとっても元気になったので親の心配も吹き飛び、幼稚園に入園する直前は準備などでバタバタし、「一緒に幼稚園に行こうね」の歌のことも忘れていました。

無事に幼稚園に入園し、毎日一緒に仲良く登園しています。そして無事に1学期が終わり、夏休みも元気に遊び回って、2学期が始まりました。

2学期の初日、笑顔いっぱいで登園する二人を見て、4年前の記憶が戻ってきた次第。

大きくなってくれてありがとう!

【Photo】今では元気にキッズカラオケに挑戦するサーヤ

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2004年9月 1日 (水)

次回のオリンピックは

20040901みなさん、お久しぶりです!昨日まで夏休みをいただいて、実家に帰省しておりました。今日からまたウィークデーは毎日更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。

夏の終わりを実家でジージ・バーバと過ごしてきました。双子も大喜びで遊び回っておりました。その間にオリンピックも閉会式を迎え、熱かった夏も本当に終わってしまった気分です。

普段はスポーツ観戦などほとんどしない私ですが、さすがに今回のオリンピックは結構、観ました。やっぱりメダルラッシュだったからでしょうか?

前回のシドニーオリンピックは双子出産直後に個室のベッドで観ていました。あれから4年・・・生まれたての赤ん坊二人が初めての夏休みを迎え、毎日、キャアキャアと遊び回っています。

次回のオリンピックの時は双子は小学校2年生になります。今度は時差もほとんどないので、一緒に応援できそうです。夏休みの宿題をいっぱい抱えて「サザエさん」のカツオ君みたいに困っているかも知れません。毎日プールで真っ黒!かも知れませんね。

2年生にもなれば、近所を自転車であちこち勝手に走り回っているかも。う〜ん、そんなに大きくなるんだろうか・・・まだ信じられません。

4年後が楽しみなような、ちょっぴり寂しいような・・・。

次回のオリンピックでも日本選手が活躍してくれますように、そして家族そろって元気に応援できますように・・・。

【Photo】ママ、宿題って何?(サーヤ)

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2004年8月 5日 (木)

死なない子

20040805「どんなお子さんに育ってほしいですか?」と聞かれたら、「優しい子」でも「元気な子」でもなく「死なない子」と答えたいと思っています。

病気や事故で親より先に死んで欲しくないし、自殺なんてまっぴらごめんです。そして有事の時ですら、生き延びる子になって欲しいと願っています。

そう強く考えるようになったのは野坂昭如氏原作の映画 「火垂の墓(ほたるのはか)」を観て以来です。父親の出征中に空襲で家を焼かれ、母を亡くした14歳の兄と4歳の妹が親戚の家をとび出し二人だけで生きていこうとするこの映画、戦争が終わったことも知らない暮らしの中で妹は栄養失調で死んでしまい、一人で妹を弔った兄もまた餓死してしまいます。

この映画をみて平和への切望以上に「有事に死なない子に育てたい」と私は思いました。

阪神淡路大震災を経験し、平和な日本ですら人生何があるかわからない、と強く感じています。どんな状況になっても生きる希望を持ち、たとえ両親がいなくなっても生き抜く知恵と社会に適応できる柔軟性をもって欲しいと思っています。

「火垂の墓」の14歳の兄はひたすらに生きようとしました。二人だけの家を構え、食事を作り、泥棒をしてでも小さな妹に食べさせようとしました。でもダメだった。戦争が幼い二人を殺した・・・というのは簡単です。でもそれだけじゃない、私はそう思うんです。親戚や地域といった「社会」から孤立して人は生きていけないのです。14歳の兄にはそれがわからなかった。

サーヤとマーヤに折りにふれてこう言っています。

「戦争や地震でパパとママが死んでも、さーちゃんとまーちゃんは生き延びなさい。ひとしきり泣いたら近くにいる人を探して『育ててください』って言うんだよ。ごはんだけは絶対に食べなさい。どんな暮らしでもガマンして大きくなってね。」

そんな話を夫にすると彼はこう言いました。

「おれは子供を残して死んだりしない」

親の方も「死なない親」にならなければいけませんなあ。(^^:)

【Photo】あたしがんばって生きる(サーヤ)

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2004年7月22日 (木)

小さい子

200407221200407222

「ピアノもマーヤの方が上達が早いな」

子供たちが寝静まってから夫が私に言いました。

「今日なんかマーヤがサーヤの横で楽譜を指さしながら『ドー、ドー、レー、レー』って教えてやってた。身体が小さいというのは、やっぱり成長にも影響するんやな」

長女のサーヤはおなかの中にいる時からマーヤよりも1〜2割小さめでした。子宮の中で着床した位置や双子ゆえ胎盤からの栄養の取り合いなども影響したのでしょうか、35週で生まれた時にはサーヤは1800g、マーヤは2300gでした。

ともにNICU(新生児集中治療室)に入りましたが、マーヤは1週間で母子同室となり、サーヤはさらに2週間かかりました。

もうすぐ4歳になる今でも体重差は2kg、身長差は4cmもあります。身体の成長だけでなく、いろんなことがマーヤよりも3ヶ月ほど遅れてしまいます。

歩き出すのも4ヶ月ほど遅れ、一時期は私が会社から帰ってくると、マーヤはトコトコ歩いて、サーヤはその後ろからハイハイして玄関まで迎えにきてくれていた光景を今でも時々思い出します。

でんぐりがえしができるようになったのも、クレヨンで「顔」を描けるようになったのもマーヤの方が先でした。歌もマーヤが先に覚え、サーヤはそれを真似して歌っています。

このように書くと、私がサーヤの成長の遅れを気にしているようにみえますか?いえいえ、むしろこの成長の差を愛しく感じているぐらいです。サーヤはいつもマーヤができるようになったことを自分もできるようになろうと努力しています。そしてマーヤもどうやったらできるようになったのか自分なりにサーヤに教えてやっているようです。

成長は遅れをとりがちですが、「顔」の絵が描けるようになったとたんサーヤはとても面白い絵を描くようになりました。外国の児童書の挿絵に使われているようなちょっと変わった画風です。歌もサーヤは自分で作詞作曲して歌ったりします。トンチンカンな歌ですが思わず苦笑してしまうような歌もあります。成長の遅い子は遅い子なりに、面白い個性をもっているんだなあ、と思います。

未熟児で生まれる赤ちゃんが増えているそうです。未熟児でなくても成長が遅いお子さんもいらっしゃることでしょう。でも、子供たちはそれぞれのスピードで前に前に進んでいこうとしています。

お父さん、お母さん、どうぞ愛情いっぱいの目で見守ってあげてください。

【Photo】左奥がサーヤ、右がマーヤ。いつか二人で上手に連弾してくれる日がくるのかなあ。

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2004年7月16日 (金)

素敵なおさがり

20040716 マーヤは次女ながら、サーヤとは同じ年なので、サーヤのおさがりを着ることはありません。(あたりまえか(^^;))

「双子ちゃんっておさがりができないから不経済ね」とよく言われますが、双子に服を買ってあげるのが私たち夫婦の趣味みたいなものなので、あまり気にしていません。バーゲンで同じサイズのものがなかなか揃わない、というのは悩みどころですが・・・。

普段着では、甥っ子のおさがりのTシャツやトレーナーでなるべく雰囲気が同じものを二人に着せたりしています。甥っ子がその服を着ていた時のことを思い出し、おさがりを着せるたびに私は幸せな気分になります。中には私が買ってあげたものもあったりして、なつかしい気持ちでいっぱいになります。

去年の夏休み、私の実家に帰省中、母が思いがけない物を出してきてくれました。

それは私と妹が小さかった頃に着ていたワンピースやブラウスです。母が気に入ったものだけを厳選して、大事に大事に保管してくれていたのです。

父が銀行員だった我が家は、いわゆる「転勤族」でした。引っ越しのたびにいろんな荷物を捨ててきたのに、お気に入りの服だけは何度も何度も荷造りされて、私たちと一緒にあちらこちらを転々としてきたのです。

その中に、3歳ぐらいのサイズの紺色のワンピースが2枚ありました。おそろいではありませんが、どちらも刺繍があしらわれているところや生地が似ていてサーヤとマーヤにぴったり!と思い持ち帰りました。

母の保管方法がよかったためか、何十年も保管されてきたのに虫食い一つありません。このワンピースのように、私たち姉妹も大事に大事にされてきたような気がして胸が熱くなりました。

秋冬もののワンピースだったので、昨年の秋、幼稚園の入園面談の時や七五三参りの着付けに行く時などに着せました。着付けの方に「素敵な刺繍のワンピースですね」と言われたので「私がこの子たちぐらいの時に着ていたものなんですよ」と言うとビックリされました。そして「まあ、素敵なおさがりですね」と言われました。

双子たちはワンピースを、そして私は母の愛情というおさがりをもらったような気がします。本当に素敵なおさがりです。

【Photo】このワンピースを着ていた頃、私はどんな子供だったんでしょう

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2004年6月14日 (月)

もうすぐ父の日

20040614 今度の日曜日は父の日です。幼稚園では既に父親参観日も終わり、一足早く、パパは双子たちから幼稚園で作った工作作品のプレゼントをもらっていました。

私は子供がうまれてから、自分の父が私たち姉妹にしてくれたこと、大きなことから小さなことまで、あれこれ思い出しては感謝の念を抱いたり、想いをはせたりすることが多くなりました。

私の父の世代はいわゆる高度経済成長時代を駆け抜けてきた世代です。銀行員だった父は残業もつきあいも多く、私が物心ついたころから、平日は父親と晩ご飯を食べた記憶などほとんどありませんでした。当時は週休2日制でもありませんでしたし、たまの日曜日もゴルフに出かけたり、と忙しくしていたように思えます。

それでも、私の心の中には父との思い出がいっぱいつまっています。

まだ幼稚園にも通っていないような小さい頃に一緒に散歩していたら、歩道にムシロが置いてあり、父がめくってみたら犬の死体があってビックリしたこと、幼稚園まで毎朝車で送っていってくれたこと、小学1年生の3学期の終わりに母と妹が親戚の用事ででかけ、3泊4日ほど二人きりで過ごしたこと、その最後の晩に一緒にサラダを作ったこと、たまに早く帰ってきた時に「小学○年生」の雑誌をもってかえってくれたこと、日曜日に友達と外で遊んでいた時に妹が溝に落ちてあわてて家に帰り、父に「パパ、○○ちゃんが」と言っただけなのに、慌てて裸足のまま縁側からとび出してきたこと・・・そんなことが、もう○十年も過ぎた今でも、あれこれと思い出されるのです。

私も仕事が終わって家に帰ると、既に双子は夢の中・・・ということがしばしばありますが、こんな私との思い出も、双子の心の中に残っていくのでしょうか。

父自身が知らないこんな記憶もあります。
私が中学生頃のことだったと思うのですが、母が父の古い手帳を見つけてきて私に見せてくれました。うしろのメモ部分に多分、父が祖父に書いた手紙の下書きだと思われる文章が書かれていました。それは私がまだ赤ん坊の頃の記述で、夜は遅くまでおきていて、朝は父が銀行に行く時も寝ているとか、お風呂にいれるとよく笑うとか、些細なことですが、父の当時の私への愛情が伝わるような文章でした。

普段は私たち姉妹に面と向かってあれこれ言わない父だけに、感激したことを覚えています。その記憶のせいで、今こうやって我が子の毎日を綴る日記を残しているのかも知れません。

【Photo】ママのパパはジージでしょ?(サーヤ)

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2004年3月26日 (金)

減数手術の衝撃

20040326昨日は「消える双子」についてご紹介させていただきましたが、最近、双子のかたわれを意図的に消してしまう「減数手術」なるものがあると知って、ちょっとショックを受けています。

多胎児を妊娠した母胎に危険性がある場合、手術によって胎児の一人(二人以上も可?)を消してしまう処置のようです。いわゆる「まびき」ですね。

手術は胎児の心臓に塩化カリウムを注射する方法で行われるとか・・・。注射された胎児は子宮の中でぺったんこになってしまうそうです。

(減数手術の詳細はこちらをご覧ください。厚生労働省発表の資料です。)
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/04/s0428-5d.html

主に三つ子や四つ子の場合に行われているようですが、双子の場合でも減数手術をほのめかす産婦人科医もいるそうです。

確かに多胎妊娠は経済的にも、母胎および胎児の安全性においてもリスクが大きいです。4人の胎児を産もうとしたために、4人とも、場合によってはお母さんまで命を落とすことだってあるかと思います。

「胎児だって生きているのに可愛そう・・・」などと軽はずみに言えない状況だってあるのかも知れません。

それでも、9ヶ月間おなかの中で、なんとか二人を無事に育て産もうと、時には落ち込み、時には喜び、時には不安になりながら、まわりの人たちにもいっぱい迷惑をかけながら、そして支えてもらいながら過ごしてきた私には、どうしても割り切れない気持ちになります。

まとまりませんが、あまりの衝撃だったので書かせていただきました。

【Photo】「さーちゃんね、ママのおなかの中で頑張ったんだよ」(サーヤ)

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2004年3月25日 (木)

消える双子

20040325現在のように超音波検診などがなかった時代は、出産して初めて「大きなおなかだと思ったら双子だったー」というものだったそうです。産着など一人分しか用意していないでしょうから、大変だったことでしょう。早産による未熟児の出産で、育たなかった双子も多かったかも知れませんね。

最近は技術の進歩で妊娠5週頃には、超音波診断でおなかの中の胎児が双子かどうかわかるようになりました。

我が家の場合も確か5週頃にはじめて産婦人科に診ていただき、いきなり「おめでたです、双子ちゃんですよ」と言われビックリしました。

妊娠7週〜8週になると、心音が二つあることがはっきりわかるようになります。検診で「赤ちゃんの心音がちゃんと二人分聞こえますよ」と言われて感激した覚えがあります。

ところが・・・8週〜9週頃に、双子の片方の心拍が停止し、胎嚢(赤ちゃんが入っている袋)も小さくなり、最後には消えてしまう場合があるそうです。これは「ヴァニシング・ツイン(消える双子)」と言われる現象だとか。

胎内で一人が消えてしまっても、母体にも残った胎児にも影響がなく、出産後にも異常などおこらないそうです。

妊娠に気づくのが9週頃だったら、本当は双子だったのに気づかずにいることもあるかも知れませんね。我が家のように、5〜6週で双子と知らされていた場合は、一人が消えてしまうなんて悲しすぎます。

明日は、意図的に双子のかたわれを消してしまう「減数手術」なるものについてコメントさせていただきます。

【Photo】「私もさーちゃんも消えちゃわなくてよかったー」(マーヤ)

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2004年3月24日 (水)

双子を取り巻く育児環境

20040324出生率が高まりつつある双子などの多胎児ですが、育児面での社会サポートも少しずつ充実をみせています。今日はそのいくつかをご紹介させていただきます。

◆就業女性の産前・産後休暇
労働基準法で定められている産前・産後休暇ですが、多胎妊娠の場合は産前休暇を14週間取れると定められています。ちなみに単体児の場合は6週間。「2ヶ月も長く休めてラッキー♪」と思われがちですが、多胎妊娠の場合、早産などのトラブルが多く、出産予定日の14週間前から管理入院になるケースが多いのが実情です。

私の場合も、5ヶ月目に切迫流産となり入院→自宅療養→入院となりました。14週間認められている産休だけでも足らず、年休を全て使い果たした始末。多胎妊娠した女性にとって、必要不可欠な制度です。

◆出産育児一時金・配偶者出産育児一時金
「双子を出産した場合、一時金は一人分?それとも二人分?」という質問が子育て相談室などによくよせられるそうです。正解は二人分。1児につき一律30万円が支給されますので、双子の場合は倍の60万円が支給されます。

なんでも2倍かかる双子育児ですので、助かりますね。

◆低出生体重児に対する医療費助成(未熟児養育医療事業)
多胎妊娠の場合はどうしても未熟児で生まれてくるケースが多いものです。我が家の長女も1800グラム、次女も2300グラムとともに未熟児でした。

未熟児の場合は生まれてすぐ「NICU(新生児集中治療室)」で治療を受ける必要があります。24時間監視体制の治療ですので、治療費も高額です。

その費用を助成する制度がこれ。保健所または市区町村役場に養育医療給付申請書に医師の養育医療意見書、その他必要な関係書類を添付して提出し、申請が認められると、「医療券」が交付され、必要な入院養育医療を行ってもらうことができます。

◆保健所のサポート
双子が生まれると、市町村によっては保健所がヘルパーさんを派遣してくれるサービスなどがあるようです。定期健診などで保健所に行くと厚生労働省が発行している「ふたごの育児」という情報冊子などももらえます。

◆多胎育児サークル
ふたご・みつごの子育ては、単胎のお子さんの子育てとなにかと違う面があり、通常の育児書や育児アドバイスではなんともならないことがままあります。

そこで多胎児の親が集まって情報交換を行ったり、協力したりするサークルがあちこちにできています。

我が家が参加しているのはオンラインのサークルですが、「ツインズ&スーパーツインズ・メーリングリスト」。メーリングリストを通じて、情報交換などを行っています。通常のメディアでは得がたい情報が満載で、ありがたい限り。

双子っておさがりもいただきにくいし、差し上げにくいのですが、「リサイクルメーリングリスト」を利用して、おそろいの服をリサイクルしたり、双子用ベビーカーをリサイクルしてもらったりしています。

双子を生んではじめてわかる社会のバックアップいろいろ。支えて支えられて生きているんだなぁ・・・と実感しています。

【Photo】「私とルークちゃんも支えあって生きてるのよ」(サーヤ)

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2004年3月23日 (火)

最近、双子が増えているそうです

厚生労働省が配布している「ふたごの育児」という冊子に掲載されているデータによると、双子の出生率があがってきているそうです。

1975年頃までは出生1,000に対して6.4組程度だった双子の出生率が、現在、8.6組まで高まっているとか。出産116回に1組の双子の赤ちゃんが誕生している計算になります。

まだまだ少ない双子ですが、子供116人中2人は双子なので、40人クラスが3クラスあればそのうち2クラスには双子の片割れがいることになります。

うちの双子が生まれた時にもらった冊子なので、3年たって、さらに出生率が高まっているかも知れません。

双子が増えている要因として次の二つが考えられています。

一つ目は、不妊治療の増加による出生率の高まり。もっとも一般的な不妊治療が排卵誘発剤による方法のため、双子以上(みつご・よつごなど)の赤ちゃんが生まれる率が高まっています。

二つ目は、高齢出産が増えているため?科学的に解明されている訳ではありませんが、母体が高齢になるほど、双子やみつごなどの多胎児の出産率が増えるそうです。我が家もこのパターンかも・・・(^^;)。

出生率そのものが低下し、出産の高齢化が進む今日、もしかしたら双子の誕生は「種の保存本能」かも知れませんね。

明日は出生率が高まりつつある双子をとりまく育児環境についてご紹介します。

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2004年3月22日 (月)

双子学会というのがあるそうです

インターネットで見つけたのですが、双子の学会があるそうです。 http://www.twins.gr.jp/JSTS/contents.html
正式名称は「日本双生児研究学会」。

なんでも同じ遺伝子を持つ双子をいろいろな角度から研究して、「遺伝要因のなせるわざなのか、はたまた環境要因のなせるわざなのか」を考察したり、「ヒトゲノム時代の行動遺伝学研究」などもなさっているようです。

1920年代から双子のデータを集めて比較することによる「双生児法」という研究がはじまったとのこと。

なんとその研究の一環として、1948年(昭和23年)には東京大学附属学校に「双生児学級」が開設されたそうです。 毎年20組、40人以内の双生児と、約80人の非双生児を入学させ、中・高一貫教育のもとに、医学的、教育学的研究に協力しているとか。(現在でもあるんでしょうか?)

面白いアプローチですね。

確かに双子を育てていると「双子なのに、こんなところは違うんだー」などと驚いてしまうことがよくあります。先天的要素なのか後天的要素なのか、あれこれ考察しています。サンプル数が1組しかないので一般的には語れませんが、これからも我が家なりの双子研究を行っていきたいと思っています。

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2003年12月24日 (水)

サンタクロースってるんでしょうか?

「サンタクロースっているんでしょうか?」という本をご存知ですか?
ある少女からの投稿に新聞記者が書いたお返事を本にしたもので、私はとても気に入っています。

私は「サンタクロースはいる」と信じている一人です。

子供がいるおうちにトナカイがひくソリに乗って赤い服着たサンタクロースが夜中にやってくる・・・というお話はつっこみどころが多々ありますが(^^;)、小さな子供にイメージさせるには、なかなかいいお話だと思います。

そしてサンタクロースの実態は・・・私はみんなの心の中にいると思っています。サンタクロースがかけた「魔法」で私たちはまわりの人たちにプレゼントを贈りたくなるんじゃないかと思っているんです。

世界に最も影響を与える「魔法使い」ですね。

今夜は魔法の力に酔いしれて、楽しいひと時を過ごしたいものです。

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