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2009年1月17日 (土)

娘に戻った日

先週は3連休でしたね。

特に予定がなかった我が家。初日は神戸のハーバーランドに映画を観にいきました。子どもたちにぜひ見せたかった「私は貝になりたい」。

小学2年生の双子にはちょっと難しかったのか、私一人がボロボロと泣いてしまいました。

映画の後で晩御飯を食べて家路につきました。自宅に戻ったのは夜9時過ぎ。ふと見ると留守電が入っていました。メッセージを聞いてみると、なんと九州の父からでした。

めったに自分からはかけてこない父だったので、いやな話だったらどうしよう・・・とドキドキしながら実家に電話をかけたところ・・・電話に出た父の第一声は「落ち着いて聞きなさい」

そんなこと言われたら、落ち着けないよー。

「ママが今日、心筋梗塞で緊急手術して、今、入院している」

心筋梗塞?手術?・・・何それ・・・

受話器を持つ手がふるえました。いつかはこんな日が来るかもと、自分なりに覚悟をきめていたつもりなのに、だめですね。体がふるえてくるのです。

高血圧の薬をもらいにかかりつけの病院に父と二人で行ったところ、待合室で急に胸が痛くなり、すぐに大きな病院を手配してもらったそうです。そして手術。

早く手術をしてもらえたのがよかったのか、命に別条はなく、手術自体も30分ほどで終わったそうです。

「もう心配はいらないから。」

と父は言うのですが、今すぐとんでいきたい気分です。

母はしばらく入院することになるとのことで、父自身の生活が不便になるため、東京に住んでいる妹が翌朝からしばらく来てくれることになったそうです。

「お前は仕事もあるし、こなくていいから。」と父。

でも、離れていると落ち着かないので、私も翌朝、飛行機で帰りました。

父と妹と病院へ。母はまだICU(集中治療室)のベッドに寝ていました。目がさめていて、私たちの顔をみて、とても喜んでくれました。ベッドに横たわる母の顔を見たとたん、涙があふれましたよ。

離れていてごめんなさい。いざという時に何もしてやれない娘でごめんなさい。

心からそう思いました。

経過は良好で、3日目には個室に移り、今では歩行器なしで歩けるほどに回復したとのことです。毎日、妹がかいがいしく面倒をみてくれているようです。まーちゃん、ありがとう。(私の妹もまーちゃんなんです。)

NICUに見舞うということで、今回は単身で帰省しました。結婚してから、初めてのことです。いつもは夫や双子、そしてルークとともに帰省しているのに・・・。

気がつくと、父と母、そして妹と私。もう、かれこれ20年以上前にバラバラになった家族がひとところに集まって、ちょっぴり不思議な気持ちがしました。

母はまた数ヶ月後にもう一度手術が必要とのことですが、しっかり治療して、まだまだ長生きしてもらいたいものです。

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コメント

 おかあさま、大変でしたね。親とはなれていると
いざというときに覚悟しているつもりでも、問題
が山積み。お母様の一刻もはやいご回復をお祈り
します。

投稿: なお | 2009年1月18日 (日) 06時15分

なおちゃん、いらっしゃいませ。
なおちゃんこそ大変な時期なのに、あたたかいコメントありがとうございます。
こういう時って離れて住んでいることを申し訳なく思ってしまいます。どうしようもないことなんですけどね。
なおちゃんのお父様の回復も心からお祈りしています。

投稿: komaru | 2009年1月18日 (日) 15時45分

お母さんは大変でしたね。でも不幸中の幸い、重大な事態にはならずに良かったですね。お母様の早いご回復をお祈りいたします。

このお話、他人事ではありません。5年ほど前、私の父も同じ心筋梗塞で倒れ、緊急手術を受けたことがありました。
仕事から帰ろうとしたとき、普段めったに電話をかけてよこさない義姉から着信。イヤな雰囲気は的中。「落ち着いて聞いて。夕方お父さんが心筋梗塞で病院へ・・・」・・・あと、何を話したかは正直覚えてなくて、とにかく車で2時間の実家へぶっ飛んで帰ったことしか残ってません。
経過もよく似ております。父が何だか胸の調子が悪いのでかかりつけの医者に行ったところ、その医者が異変を察知し、緊急に大きな病院を手配し搬送してくれたそうです。その判断が非常に良かったらしく、搬送中に急変し大病院についた時にはかなり危険な状態だったとか。あと30分遅かったら駄目だったかも・・・と、後で担当してくれた心臓医から聞きました(--;)
さらに運の良いことに、その大病院は心臓疾患では先端治療を施すことができ、カテーテル治療とかで運ばれてきて数時間のうちに処置が終わったのです。普通は負担の大きい胸開手術になって3ヶ月以上かかるところが、負担も少なく1ヶ月程度で退院。何から何までツイていた父でした。

でも私は、自分の肉親を失うかもしれないという現実に直面し、気が気ではありませんでした。そう、私は父にまだ親孝行らしきことを何もしてやっていない無為感、いざというとき駆けつけてもすべてが終わっている遠距離のもどかしさ。今回のkomaruさんも似たような思いをしたのかなぁ。。。と、なんだかその時のことを思い出してしまいました。

それ以来、私は何かにつけて父母と連絡、いや、コミュニケーションをとるようにしてきました。それが短い電話1本でも、遠出したついでに1時間実家に寄っただけでも、母の日父の日のちっぽけな贈り物でも、どんな形でもいい。いろんなことして父母を喜ばそう。遠くにいて何も出来ないではなく、遠くだからこそ出来ることもある、そう信じてやってます。

多分、komaruさんもやっていらっしゃいますでしょう? ならば、想いはきっとご両親に届いていると思います。そうやってまめにやっていれば、きっと長生きしてくれます。私もそう信じてやってます。

あれ、励まそうとして書きはじめたんですが、なんだかえらい長い書き込みになってしまいました。父のときとあまりにダブってしまったもんで、つい(^^:)。
次は短めにまとめます、はい。

投稿: 双子のすっちゃん♂ | 2009年1月18日 (日) 23時04分

双子のすっちゃんさん、いらっしゃいませ。
お返事が大変遅くなり、申し訳ありません。
すっちゃんさんも同じような状況になられたんですね。奇遇です。
私の母もカテーテル手術だったので、短時間で手術が終わり、あれほどのおおごとだったのに、もう退院しています。メスを入れるのと入れないのとでは、大きく違うものですね。
離れていることの、今更ながらのもどかしさ・・・わかります。私も最近はできるだけ電話をいれるようにしています。どれほどの親孝行になっているかわかりませんが。
長文で書いてくださって嬉しかったです。すっちゃんさんもお気持ちもうれしいです。いつもありがとうございます。

投稿: komaru | 2009年1月25日 (日) 21時39分

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