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2009年1月26日 (月)

マーヤがお年玉で買ったもの

今頃、お正月のご報告で恐縮ですが・・・1月3日、我が家の双子はお年玉を握りしめて「トイザらス」にお買いものに行きました。

あれこれ悩んで、マーヤが選んだものは・・・子ども用のギターです。

一応、木製で大きさだけが小さい本格的(?)なものだったので、OKとしましたよ。真っ赤なギターでなかなか可愛いです。

家に帰ると、さっそく練習を始めました。

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格好だけ見ると、弾き語りとかしちゃいそうでしょ?まだ全然なんですけどね( ´艸`)プププ

そして1月もそろそろ終わり。さぞやギターが得意になったかといえば・・・あれから練習しているところを見たことがありません。

かくいう私も夫から「ギターケースをキルティングの布を買って作ってやってくれ」と頼まれているのに、いまだ布の買い出しすらできていません。ごめん、ごめん。

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2009年1月25日 (日)

おばあちゃんへ(双子のお見舞いレター)

皆様、母のことでご心配をおかけしました。先週は私もかなり動揺していて、ご心配をおかけするような記事を書いてごめんなさい。

おかげさまで経過は良好で、先週の半ばに母は退院いたしました。開胸手術ではなくカテーテル手術だったためか、入院も予想以上に短くてすむんですね。今は自宅で療養しています。もう1本の血管も手術が必要なので、また数ヶ月後には手術をするそうですが、今はとにかく食事に気をつけて、適度な運動もするようにと言われているそうです。

手術の翌日、私が飛行機でかけつける前に、双子がおばあちゃんにお見舞いのお手紙を書きました。

マーヤが書いた手紙はこちら。

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こう書かれています。

「おばあちゃんへ
お話聞いて、びっくりしたよ!
手術せいこうしてよかったね!
夏休みにあそびに来るから元気になってね!!
おだいじに」

突然のことでマーヤも驚いていたようですが、精一杯、気持ちをこめて書きました。

サーヤの手紙にはちょっと驚かされました。

2009_084

原文のままご紹介すると・・・

「おばあちゃんへ
しゅじゅつせいこうして、よかったね!
元気だと思っていたけど、おばあちゃんが元気なことじゃないと
分かるとしぬのがこわいね。
生きることにガンバレ!
ファイト!ファイト!」

主人の母は糖尿病を患っており、病院にかかったり、薬を飲んだり、食事に気をつけているので、子どもたちも「おばあちゃんは体が悪い」と思っているのですが、私の母はいつも元気だと思っていたのでしょう。なのに急に手術をして入院したと聞いて、私同様、死ぬことのこわさを実感したのかも知れません。

私も母が死ぬことがこわいです。生きることに頑張ってほしい。

せめて双子の成人式を見届けてほしいと願っています。

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2009年1月17日 (土)

娘に戻った日

先週は3連休でしたね。

特に予定がなかった我が家。初日は神戸のハーバーランドに映画を観にいきました。子どもたちにぜひ見せたかった「私は貝になりたい」。

小学2年生の双子にはちょっと難しかったのか、私一人がボロボロと泣いてしまいました。

映画の後で晩御飯を食べて家路につきました。自宅に戻ったのは夜9時過ぎ。ふと見ると留守電が入っていました。メッセージを聞いてみると、なんと九州の父からでした。

めったに自分からはかけてこない父だったので、いやな話だったらどうしよう・・・とドキドキしながら実家に電話をかけたところ・・・電話に出た父の第一声は「落ち着いて聞きなさい」

そんなこと言われたら、落ち着けないよー。

「ママが今日、心筋梗塞で緊急手術して、今、入院している」

心筋梗塞?手術?・・・何それ・・・

受話器を持つ手がふるえました。いつかはこんな日が来るかもと、自分なりに覚悟をきめていたつもりなのに、だめですね。体がふるえてくるのです。

高血圧の薬をもらいにかかりつけの病院に父と二人で行ったところ、待合室で急に胸が痛くなり、すぐに大きな病院を手配してもらったそうです。そして手術。

早く手術をしてもらえたのがよかったのか、命に別条はなく、手術自体も30分ほどで終わったそうです。

「もう心配はいらないから。」

と父は言うのですが、今すぐとんでいきたい気分です。

母はしばらく入院することになるとのことで、父自身の生活が不便になるため、東京に住んでいる妹が翌朝からしばらく来てくれることになったそうです。

「お前は仕事もあるし、こなくていいから。」と父。

でも、離れていると落ち着かないので、私も翌朝、飛行機で帰りました。

父と妹と病院へ。母はまだICU(集中治療室)のベッドに寝ていました。目がさめていて、私たちの顔をみて、とても喜んでくれました。ベッドに横たわる母の顔を見たとたん、涙があふれましたよ。

離れていてごめんなさい。いざという時に何もしてやれない娘でごめんなさい。

心からそう思いました。

経過は良好で、3日目には個室に移り、今では歩行器なしで歩けるほどに回復したとのことです。毎日、妹がかいがいしく面倒をみてくれているようです。まーちゃん、ありがとう。(私の妹もまーちゃんなんです。)

NICUに見舞うということで、今回は単身で帰省しました。結婚してから、初めてのことです。いつもは夫や双子、そしてルークとともに帰省しているのに・・・。

気がつくと、父と母、そして妹と私。もう、かれこれ20年以上前にバラバラになった家族がひとところに集まって、ちょっぴり不思議な気持ちがしました。

母はまた数ヶ月後にもう一度手術が必要とのことですが、しっかり治療して、まだまだ長生きしてもらいたいものです。

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2009年1月 5日 (月)

自宅で過ごしたお正月

今頃ですが・・・

新年あけましておめでとうございます
最近、更新がとだえがちな「双子日記」ですが、今年もマイペースながら続けていくつもりなので、どうぞよろしくお願いします。

お正月、皆さんどのように過ごされましたか?

例年でしたら九州の私の実家に帰省する我が家ですが、昨年末は12月30日まで出勤で、帰省するには休みが短く、私が風邪気味だったこともあり、自宅でのんびり過ごすことにしました。

大晦日は年越しソバをいただき、家族そろって紅白歌合戦を観ました。

「12時まで起きてる!」

とはりきっていた双子ですが、11時過ぎにはさすがに眠たくなったようで「もう寝てもい~い?」

ちょっと早めにおじいちゃん・おばあちゃんに電話をし、二人でベッドに入りました。

そして0時・・・新しい年が明けました。

ベランダから海の方を眺めると、なんとユニバーサル・スタジオ・ジャパンの花火が見えたんですよ。すごい規模の花火でした。

神戸港からは「ボーッ」と船の汽笛も聞こえてきました。自宅で迎える新年もいいものだなぁと思いました。

3が日はどう過ごそうかとあれこれ考えていたのですが、元旦の夜からサーヤが高熱を出してしまいました。元旦はパパ方のおばあちゃんのおうちに遊びに行き、いとこのお姉ちゃんたちと大はしゃぎして遊んでいたのですが、晩御飯のとちゅうから具合が悪くなってしまいました。

2日の朝も熱が下がらず、私もいまいち体調がよくなかったので、二人でお留守番をし、パパとマーヤが選手代表で初詣に出かけました。

神戸の住吉大社に詣で、牛さんの土鈴を買ってきてくれましたよ。

3日にはサーヤの熱もさがったのですが、まだ咳がとれず、遠出は無理。・・・といってる間に今日から私は出勤することに。

振り返るとお正月らしい遊びもできず、お正月休みが終わってしまいました。去年は「人生ゲーム」にはまったのにねぇ。

いきなり体調不良からスタートした2009年ですが、家族そろって元気に過ごせますように。

皆さんにとっても幸多き1年となりますことをお祈りいたしております!

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